第53話「乙女たちへの贈り物」
吉平の懸命な治療と少女たちの手厚い看護により、行商人の男は奇跡的な快復を見せた。
傷口は化膿することなく綺麗に塞がり、ひと月も経つ頃には自分の足で歩けるまでに回復したのだ。
「吉平様、皆様……このご恩は一生忘れません」
村を旅立つ日、行商人は深く頭を下げ、近辺では手に入らない珍しい薬草の種と、最高級のしなやかな絹織物をたっぷりと置いていった。
その日の午後。
縁側で吉平は、もらった絹や手持ちの素材で作った小物を並べていた。
「この前の絹なんだけどさ。いくつか小物を作ってみたんだ。よかったら使ってよ」
吉平が手渡したのは、それぞれの個性に合わせた現代風の品々だ。
サチには、歩くたびに小さな花が揺れる可愛らしい簪。
葵には、紅や白粉を機能的に収納できる仕切りのついた化粧ポーチ。
桔梗には、吉平が紐を編み込んで作った小さなウサギのお守り袋。
そして美影には、絹の伸縮性を活かして動きやすさを極限まで高めた、現代風の黒いタイツ忍び服だった。
「わあ、吉平、これすっごく可愛い! 毎日つける!」
サチが満面の笑みで簪を髪に挿す。葵も桔梗も、見たことのない洗練された造形に目を輝かせていた。
ただ美影だけは顔を真っ赤にして、柱の陰からモジモジと顔を出した。
「……吉平様、確かに動きやすいですが、これ、少し身体の線が出過ぎでは……?」
「ごめん、現代のスポーツウェアをイメージしたんだけど……でも、すごく似合ってる。かっこいいよ」
吉平が素直に褒めると、美影は「き、綺麗……っ」とさらに顔を赤くして、シュバッと天井裏へ隠れてしまった。
そんな和やかな光景を静かに見つめていた栞に、吉平は少し申し訳なさそうに向き直った。
「栞さん、ごめん。栞さんの分は、まだ作ってないんだ」
「……理由をお聞きしても?」
「栞さんはここに来てまだ日も浅いし、巫女山で最高級の品ばかりを見てきただろう? 俺の勝手な思いつきで適当なものを渡すより、栞さんが本当に欲しいと思うものを聞いたほうがいいかなって」
吉平の気遣いに、栞は少しだけ目を丸くし、それからスッと立ち上がった。
彼女は美影の着ていた機能的な服を思い出し、コクリと頷く。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。実はわたしだけ、みなさんのような『下着』を持っていません。私にも仕立てていただけませんか」
「えっ!?」
吉平は思わず変な声を出した。サチたちも一瞬ピタリと動きを止める。言われてみればそうだった。確かに彼女だけはまだ下着をもっていなかった。
「い、いや、作るのはいいんだけど……下着となると、ぴったり身体に合わせないといけないから、正確な寸法を測らないと……」
「構いません。では、さっそく奥の部屋で採寸をお願いします」
有無を言わさぬ栞のペースに巻き込まれ、吉平は奥の部屋で、紐と墨を手にして栞と向かい合うことになった。
サチたちが襖の向こうで「絶対に妙なことしないでよ!」「少しでも変な音がしたら突入しますわ!」と騒いでいる。
「……では、失礼します」
栞は淡々と、小袖の襟元をふわりと肌脱いだ。
雪のように白く滑らかな肩と、華奢な背中の線が、春の柔らかい日差しの中に露わになる。吉平はドギマギしながら、紐を使って背後から肩幅や胸回りの寸法を測り始めた。
極上の絹のように滑らかな肌に、緊張した吉平の指先がわずかに触れる。
その瞬間、栞が「あっ」と小さく息を呑んだ。
「ごめん、冷たかった?」
吉平が慌てて手を止めると、栞は少しだけ首を横に振り、背中越しの吉平をそっと振り返った。
「……いいえ。とても、温かいです」
栞の深く澄んだ瞳が、吉平とは逆方向の遠くを見つめる。
「あなたの手は、あの傷を縫い合わせたとき、とても精密でした。でも……今は少しぎこちなく、同時に温もりも感じます。人の心とは、こういう自然な動きのことを言うのですね。……私は今、この温かさに触れられて、少しだけ嬉しいです」
完璧な器として生きてきた栞が、素直に「嬉しい」という感情を言葉にした。
吉平は、少しだけ頬を染めて微笑む彼女の、そのあまりにも無垢で美しい表情に心から喜びを感じた。
「栞さんがそう言ってくれて嬉しいよ。さて、採寸はおわり!とっておきのものを作るよ」
「はい。楽しみにしています」
柔らかな日差しの中、穏やかで優しい時間。
しかし、彼らはまだ知らない。
命を救われ、この村を後にしたあの行商人が巻き起こす最大の騒動を。




