第49話「続々・間取りをめぐる聖戦」
「私が吉平殿のすぐ隣に布団を敷くのが、最も理にかなっております」
居間に集まった五人の少女たちの中心で、吉平が困ったように茶を啜る中、栞が静かに、けれど決定的な一言を放った。
吉平の家に居候することになった栞だが、ここで避けられない最大の問題が浮上した。彼女がどこで寝るか、という間取りをめぐる第三次聖戦である。
「……あの、栞さん。それは流石に…」
吉平が穏やかに諫めようとするが、栞は深く澄んだ瞳で彼を見つめ返すだけだ。
「ふざけないで! 居候になった途端に、なんでいきなり吉平の隣なのよ!」
サチが慌てて立ち上がる。
「その通りですわ。私たちでさえ夜な夜な場所取り合戦を繰り広げておりますのに、後から来たあなたが特等席を独占するなど認められません」
葵も抗議した。
しかし、栞は淡々と首を傾げた。
「私は吉平殿の『心』を観察し、学習するためにここにおります。人が無意識に見せる心の動きは、寝言や寝相にこそ現れるもの。ゆえに、いつでも見聞きできる距離は必須の条件です」
「どうしても同じ部屋と言うなら、せめて床下になさい! ジメジメした場所の方が、あなたのような心を持たぬ女にはお似合いです!」
桔梗が数珠を鳴らして指を差すが、栞は首を振り、瞬き一つしない。
「私の隣の天井に来ますか? ただし寝返りを打つと落下しますが」
天井の梁から美影が顔を出す。
「落下して怪我をすれば、私の価値を損ないます。却下します」
一歩も引かない栞に、四人はますます気勢を上げる。収集がつかなくなった様子を見て、吉平は静かに手を挙げた。
「みんな、もうそのくらいにしよう。落ち着いて」
「栞さんが、俺の心の動きを近くで知りたいと言ってくれているのは、彼女なりの真剣な探求心だと思うんだ。……だから、ひとまず俺の部屋の隅に栞さんの寝床を作ろう。その代わり、間に分厚い木の衝立を置いて、お互いの姿が見えないように区切る。これで、今日は納得してほしい」
家主である吉平の誠実な裁定に、四人は「……ひとまず、ですよ」「吉平様がそう仰るなら……」と、しぶしぶ矛を収めることになった。
その夜。
吉平の部屋の隅。分厚い木の衝立で仕切られたわずかなスペースに布団を敷き、栞は一人、暗闇の中で静かに横たわっていた。
分厚い木が光を遮り、衝立の向こう側にいる吉平の姿は全く見えない。
ただ、すぐそばから、吉平の穏やかな呼吸だけが規則正しく聞こえてくる。
(視覚を絶たれたことで、音がより鮮明に届きます。……これは、不思議な感覚ですね)
姿が見えないからこそ、隣に誰かがいるという気配が、これまでになく強く意識される。
栞は暗闇の中で、衝立の向こう側に向かって静かに口を開いた。
「吉平殿。起きていらっしゃいますか」
「……どうしたの、栞さん。もう寝る時間だよ」
「一緒に笑い合う事象の続きです。私が今から、面白いと思うお話をしますので、心から笑ってください。……昔々、あるところに、とても美しい巫女がありました」
「……栞さん。顔は見えないけど、今の話、絶対に真顔で言ってるよね。しかも自分の話だよね?」
「なぜわかるのですか?」
「声を聞けばわかるよ。……寝る前にそんな無茶振りをするのはやめて、ゆっくり休んで。おやすみ」
未知なる「心」を、あまりにも生真面目でズレた方法で攻略しようとする栞。
吉平は、衝立の向こう側にいる彼女の、どこまでも静かで不思議な気配を感じながら、これからの賑やかになりすぎる日々を思って、小さく溜息をつくのだった。




