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第46話「最高傑作の恩返し」

巫女山での過酷な任務を終え、吉平が帰還してから一ヶ月後。

疱瘡の流行が完全に下火になっても、巫女山からはついに一人の死者も出なかった。


平和を取り戻した吉平の家の縁側で、サチが日向ぼっこをしながらホッと息を吐いていた。

「あーあ、心配して損しちゃった。結局、吉平が巫女山から変な女狐を連れて帰ってこなくてよかったー」

「吉平様はお人好しですが、誠実なお方ですから。私たちの魅力があれば、他所の女にうつつを抜かすことなどありえませんわ」

葵も優雅にお茶を啜り、桔梗や美影も深く頷いた、まさにその時だった。


「ごめんください。吉平殿はご在宅でしょうか」


まるで冬の湖面を撫でる風のように、静かで透き通った声が庭先に響いた。

そこに立っていたのは、一人の美少女だった。上質な絹の白衣に緋袴。腰まで届く艶やかな黒髪は一切の乱れなく結い上げられ、雪のように白い肌は透き通るようだ。


「わ、私は吉平ですが……あなたは?」

庭に出てきた吉平が尋ねると、少女は美しく、音を立てずに一礼した。


「巫女山で筆頭巫女を務めております、栞と申します。この度は、我が山を恐ろしい病から救っていただき、誠にありがとうございました。おかげで一人も欠けることなく、山は静けさを保っております。本日は、その恩返しに参りました」


「いえ、みんなが無事でよかった。お礼なんて気にしないでください」

吉平が答えると、栞は美しい笑みを浮かべた。

間違いなく、美女の巣窟と呼ばれる巫女山の中でも、群を抜く最高峰の美貌の持ち主だった。


「そうご謙遜なさらずとも結構です。あなたの残した多大な功績には、それに見合う『最高の対価』が支払われるべきですから。どうか、喜んでお受け取りください」

「最高の対価?」


栞は一切の照れも、少女らしい恥じらいも見せず、ただ真っ直ぐに吉平の目を見て、堂々と言い放った。


「吉平殿。私を、あなたの妻として献上いたします」


「……はい?」

「な、ななななっ!?」背後でサチが悲鳴を上げる。


吉平たちが呆然とする中、栞は自らの美しい黒髪をさらりと払い、誇り高く胸を張った。

「私は幼き頃より、その美貌と教養において『巫女山の最高傑作』と讃えられてきました。都の有力な貴族たちでさえ、私を一目見ようと列を成すほどです。その私が、自ら妻になって差し上げると言っているのです。男として、これ以上の名誉と喜びはございませんでしょう」


あまりにも、己の価値を信じて疑わない言葉。

だが、彼女の声には嫌味な響きはなく、ただ「それが世界の真理である」と本気で信じ込んでいる純粋な品性があった。


「ち、ちょっと待ちなさいよ! 恩返しって、自分自身を差し出すってこと!? しかもなにその上から目線! あんた、吉平のこと好きでもなんでもないんでしょ!?」

サチが怒って前に出ると、栞は心底不思議そうな顔でサチを見た。


「好き? 恋や情愛などという、動物の発情と変わらぬ下品な熱と、私と同列に語らないでいただけますか」

「ど、どうぶつ……っ!」


栞の声には、悲しみすら乗っていなかった。ただ事実を述べるように、静かな声で続ける。


「愛だの恋だのという移ろいやすい幻ではなく、あなたという優れた医術の持ち主に、私という完璧な美を添える。これこそが、この世で最も美しく、淀みのない静かな関係だとは思いませんか?」

栞は、まるで美しい絵画でも飾るかのような冷たい美意識で、吉平に微笑みかけた。


「……っ。自分を最高傑作と自負するその度胸は評価しますが、女としては致命的に心が欠け落ちておりますわね。吉平様は、そのような冷たいお人形のような方を選ぶはずがありませんわ!欠陥品ですわ」

葵が商人としての冷静さをかなぐり捨てて扇を突きつけると、栞は涼しい顔で首を傾げた。


「心がないからこそ、醜く嫉妬することも、狂うこともありません。これほど確かな妻はいないはずですが。……どうしてもと言うなら、形だけの『可愛い妻』を演じて差し上げてもよろしくてよ?」


教養と美貌はカンストしているのに、情愛の概念が全く理解できていない「勘違い系美少女」。

欲と恋心に溢れ、吉平にまっすぐぶつかってくる葵やサチたちとは完全に対極に位置する、果てしなく厄介で強大なライバルの登場に、吉平の家はかつてないほどの波乱に包まれようとしていた。

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