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第43話「乙女たちの牛化疑惑」

夜更けの吉平の部屋には、囲炉裏の火がパチパチとはぜる音だけが響いていた。


無事に牧から帰還した吉平たちを、起きて待っていた葵と桔梗が出迎えた。吉平はすぐに湯を沸かし、先端を少しだけ丸く整えた「細い竹の針」を数本煮沸消毒して、例の竹筒と一緒に机の上に並べた。


「みんな、聞いてくれ。これからこの牛の膿を使って、疱瘡を防ぐための処置をする」


吉平の言葉に、四人の少女たちはゴクリと息を飲んだ。


「やり方はこうだ。この細い竹の針で、二の腕の表面をほんの少しだけカリカリッと引っ掻く。そして、そこにこの膿を一滴だけ擦り込むんだ。そうすれば、体の中に病気を跳ね返す強力な盾ができる」

「牛の……膿を、私たちの体の中に?」

サチが自分の腕を抱きしめて、おそるおそる一歩後ずさった。


「得体の知れないものを入れるんだ、気味が悪いのは当然だ。だから、まずは俺がやる。よく見ててくれ」


吉平はそう言うと、迷うことなく自分の左腕の袖をまくり上げた。

そして竹の針を手に持ち、自分の二の腕の表面を、躊躇なくカリカリッと数回擦った。血も出ない、ほんのわずかに皮膚が赤くなる程度の浅い引っ掻き傷だ。そこに竹筒の液体を一滴落とし、指で優しく揉み込む。


「……ほら、痛くも痒くもないし、呪われたりもしてないだろ?」

吉平が笑って腕を見せると、サチはまじまじと吉平の顔を覗き込んだ。


「う、うーん……痛くないのはわかったけど。でもそれ、牛の体液なんでしょ? 明日の朝起きたら、頭から角が生えてモ〜って鳴き出したりしないよね? 私、笹の葉とか牧草は食べたくないよ!」

「しないしない! 妖怪変化じゃないんだから。ただの薬の代わりだよ」


吉平が苦笑いして否定すると、サチは「それならいいけど……」と、渋々自分の右腕を差し出した。吉平が優しく針を滑らせると「あっ、本当に痛くない」とあっけなく処置は終わった。


「ふふっ、サチさんは心配性ですわね。では次、私がいきますわ」

葵が進み出て、流れるような動作で単衣の胸元を緩め、右肩から二の腕にかけてを大きくはだけさせた。白い肌と、その奥に隠しきれない豊満な谷間が炎に照らされて妖しく浮かび上がる。


「あ、葵様、もう少し袖をまくるだけでいいんですが……」

「いいえ、着物が汚れてはいけませんから。さあ吉平様、たっぷりと擦り込んでくださいませ」


色気たっぷりに迫る葵を見ながら、サチが桔梗の耳元でボソッと囁いた。

「でもさ、もし本当に牛になっちゃうんだとしたら……葵ちゃんくらい立派なお胸なら、すごくいい乳牛になりそうよね」

「ぶっ……! 確かに、あの質量の乳房ならば村中の子供を養えそうです」

桔梗が吹き出し、美影も天井裏の定位置から「無駄な脂肪が役に立つ時が来ましたね」と真顔で頷く。


ピキッ、と葵のこめかみに青筋が浮かんだ。

「……サチさん? 桔梗さん? 明日からの商会からの食材援助、すべて大根の葉っぱのみにして差し上げますわよ」

「「ご、ごめんなさい葵様!!」」

見事なプロポーションをイジられた令嬢の逆鱗に触れ、二人は即座に土下座した。吉平は顔を真っ赤にして視線を逸らしながら、なんとか葵の処置を終えた。


「よ、よく理解しました! これは牛の霊力を身に宿す、陰陽の『式神契約』ですね!」

次は桔梗が、目をキラキラさせて正座で前に出た。恐怖を紛らわすためか、完全に自分の得意な中二病の世界観に設定を変換している。

「さあ師匠、私の腕に霊牛の契約を刻んでください! 我が身に宿れ、モーモーの気よ……ひゃうっ、くすぐったいですぅ!」

「桔梗、動くと針がずれるからじっとしてろ」

吉平は呆れながらも、彼女の細い腕に薬を擦り込んだ。


最後に残ったのは、美影だった。

彼女は吉平の前に座ると、黙って袖をまくった。忍びの過酷な修行で傷には慣れている彼女は、痛みなど全く恐れていなかった。


「美影、少しチクッとするぞ」

吉平が美影の細い腕を左手でそっと包み込むように支え、慎重に針を当てる。

「……っ」

痛くはない。しかし、美影の肩は小さく震えていた。

自分のような忍びの腕を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく支える吉平の温かい手のひらが、近すぎて、あまりにもくすぐったくて心臓が破裂しそうだったのだ。


「終わったぞ。美影、大丈夫か? 顔が赤いぞ」

「い、いえ……! 牛の気が回ってきただけです! モー!」

美影は顔から火が出そうなほど赤くなり、謎の鳴き声を発して慌てて袖を下ろした。


これで、全員の腕に小さな赤い引っ掻き傷がついた。

「今日はもう遅いから、みんな俺の部屋で寝てくれ。この処置の後は、体が病気と戦うために微熱が出ることがある。俺がずっと様子を見てるからな」


吉平が布団を敷き始めると、少女たちは「微熱が出たら、吉平がつきっきりで看病してくれる」という事実の重大さに気づいた。

結果、誰からともなく「私は牛になるかもしれないから吉平様の隣で!」「いいえ、私が一番重症化しそうなので吉平様のお布団の中で!」と、謎の理由をつけながら吉平の布団の周りの陣取り合戦が始まるのだった。

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