第4話「無詠唱の浄化魔法(ただの塩砂糖水)と、崩れ落ちる陰陽師のプライド」
倒れた護衛の武士は、吉平が作った魔法の薬水――もとい、ただの経口補水液を少しずつ飲み込むうちに、みるみると顔色を取り戻していった。
痙攣は治まり、虚ろだった目にはっきりと光が宿る。
「おお……腹の痛みが、引いていく……」
「まだ油断は禁物です。ゆっくり休んでください。サチ、悪いが彼の体を拭く綺麗な布を用意してくれ」
「わかったわ、吉平! まかせて!」
サチは手慣れた様子でテキパキと指示をこなし、護衛の武士を清潔な筵の上へと運んでいく。
その一部始終を、陰陽寮から派遣されたエリート見習い陰陽師、桔梗は穴のあくほど見つめていた。
彼女の美しい顔には、驚愕と混乱が入り混じっている。
(ありえない……あのような即効性のある浄化の術、陰陽寮の長でさえ不可能だというのに……!)
桔梗の常識では、強大な呪い(感染症)を解くには、何日もかけて祭壇を組み、精進潔斎を行い、喉から血が出るほど呪文を唱え続けるしかない。
しかし、目の前の薄汚れた農民の少年は、呪符一枚使わず、呪文の詠唱すら一切行わなかった。
ただ「謎の粉末を水に溶かして飲ませる」という、見たこともない奇妙な儀式を行っただけだ。
(無詠唱……いや、霊力を完全に隠蔽しているのか? 私の眼をもってしても、彼の呪力がいかほどか全く底が見えない……。まさかこの少年、人の姿形をした神仏の化身……!?)
吉平がただの医学生上がりで、霊力など欠片も持っていないことなど知る由もなく、桔梗の中で盛大な勘違いが加速していく。
「さて、と。これで一安心ですね、桔梗様」
吉平が額の汗を拭いながら振り返ると、ドサリ、という音がした。
見れば、気位の高いエリート陰陽師であったはずの桔梗が、土下座せんばかりの勢いで吉平の前に平伏しているではないか。
「ひ、ひれ伏します……!」
「え? ちょっと、桔梗様?」
「私の傲慢をお許しください、大陰陽師様! あなた様こそ、真の祓魔の使い手! どうか、どうかこの未熟な桔梗を、あなた様の弟子にしてはいただけないでしょうか!!」
泥で自らの美しい装束が汚れるのも厭わず、桔梗は必死に吉平の足元にすがりついた。
見事な土下座である。
「いや、大陰陽師って……俺はただの農民で……」
「そのようなご謙遜を! あの奇跡の薬水、いったいどれほどの霊力と希少な霊薬を練り込んだのですか!?」
「あ、いや、塩と水飴をちょっと水に溶かしただけで……」
「シオとミズアメ!? そ、そのような身近な供物だけであのような奇跡を……!? やはりあなた様は次元が違います!」
キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる桔梗。
さっきまでの冷ややかな態度はどこへやら、完全に吉平を「隠居した伝説の仙人」か何かだと思い込んでいるようだ。
吉平は頭を抱えた。どうやら、とんでもなく面倒くさい(しかし顔はすこぶる良い)美少女に懐かれてしまったらしい。




