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第3話「見えざる魔を祓う『秘術』」

夏が終わりに近づく頃、俺たちの村の人口は以前よりも少し増えていた。

近隣の村で疫病が流行り、逃げ出してきた者たちが「あの村に行けば物の怪に殺されない」という噂を頼りに流れ着いてきたのだ。

俺は彼らを受け入れる条件として、「手洗いうがい」「生水の禁止」「排泄物の適切な処理」を徹底させた。結果として、村は都の貴族の館よりもよほど清潔で、病気の発生率が極めて低い特異な集落となっていた。


サチは今やすっかり俺の助手のような立ち位置になり、新参者に手洗いの仕方を教える係になっている。


「いい? 指の間までしっかり灰汁でこするのよ。吉平が言うには、ここに見えない小さな物の怪が潜んでるんだから」

「は、はい! サチ先生!」


そんなのどかな風景を眺めていたある日の午後、村の入り口がざわついた。

見たこともない立派な馬に乗った数人の男たちと、豪奢な衣装に身を包んだ一人の少女がやってきたのだ。

少女は年齢にして十六、七歳ほどだろうか。長く艶やかな黒髪を背中に流し、白と赤い装束――いわゆる巫女のような、見習い陰陽師の出で立ちをしていた。

切れ長の瞳は美しくも冷ややかで、身分の低い俺たちを見る目には明らかな警戒の色が浮かんでいる。


「この村の長は誰だ」

馬から降りた護衛の武士が、居丈高に声を張り上げた。

長老が震えながら前に出る。


「私が長でございますが……お武家様、このようなむさ苦しい村にどのようなご用件で……」

「我々は都から参った。こちらは陰陽寮より遣わされた、桔梗ききょう様であらせられる」


陰陽師。その言葉に村人たちがどよめく。

桔梗と呼ばれた美少女は、扇で口元を隠しながら一歩前に出た。


「近隣の村々で、恐ろしい疫神えきがみが猛威を振るっていると聞く。陰陽寮の調べでは、その疫神の根源がこの村にあると出た。……だが、妙だな」


桔梗は周囲をぐるりと見回し、綺麗な眉をひそめた。


「疫神が棲み着いているはずなのに、酷い死臭も、穢れた気配も感じない。それどころか、村人たちの顔色が良い。一体どういうことだ?」

当然だ。死体は処理し、水脈は管理しているのだから。

長老はオロオロと俺の方を見た。俺はため息をつき、進み出た。


「お言葉ですが、桔梗様。この村に疫神などおりません。我々はただ、独自の『お清め』の法を実践しているだけです」

「独自の法、だと? 農民の分際で、陰陽の術を知っているというのか」

桔梗が鋭い視線を俺に向ける。


「術などという大層なものではありません。ただ、手を洗い、水を煮沸しているだけです」

「煮沸……? 手を洗う……? それが物の怪を祓うとでも?」


桔梗は鼻で笑った。

「愚かな。目に見えぬ呪いと穢れは、清らかなる祈りによってのみ浄化されるのだ。そのような物理的なごまかしで、本物の疫神を退けられるはずがない。護衛の者よ、この村を捜索せよ。必ず呪いの元凶となる穢れの塊があるはずだ」


武士たちが村の中へ押し入ろうとしたその時だった。

護衛の一人が、突然顔を真っ青にしてその場にうずくまり、激しく嘔吐し始めたのだ。


「どうした!」

「も、申し訳ありませぬ……今朝から、腹が千切れるように痛く……」


護衛はそのまま地面に倒れ伏し、痙攣を始めた。明らかに重度の食中毒か、コレラのような激しい感染症の症状だ。


「これこそ疫神の呪い! 下がれ、私が祈祷で祓う!」

桔梗が慌てて護衛に駆け寄り、懐から呪符を取り出して必死に呪文を唱え始めた。

だが、当然ながら祈祷で急性の脱水症状や感染症が治るわけがない。護衛の男の息はどんどん荒くなり、目は虚ろになっていく。


「なぜ……なぜ効かないの! 私の霊力が足りないというの!?」

桔梗の声に悲壮感が混じる。陰陽師としての自信が崩れ去っていくのがわかった。


「どいてくれ、あんたの祈りじゃその人は死ぬぞ!」

俺は桔梗を押しのけ、倒れた武士の体を横に向けた。気道を確保し、サチに急いで塩と砂糖を混ぜた湯冷ましを持ってくるよう叫んだ。


「な、何をする気だ!」

「治療だ! いいから見ていろ!」


俺は現代の医学知識という「最強のチート」を使って、目の前で苦しむ男の命を救う作業に入った。

陰陽師の少女・桔梗は、祈りも呪符も使わず、ただ的確に物理的な処置を行っていく俺の姿を、呆然と、そして震える瞳で見つめていた。

それが、俺とこの気位の高い陰陽師の少女との、数奇な運命の始まりだった。

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