第33話「湯けむりの中の素顔」
かまどに火を入れ、井戸から汲み上げた水が適温に温まった頃。
大浴場の中には、もくもくと白い湯けむりが立ち込め、備え付けられたヒノキの桶から爽やかな木の香りが漂っていた。
「よし、一番風呂はお前たち四人で入ってきな」
吉平に促され、四人の少女たちは薄着になって浴場へと足を踏み入れた。
「うわぁ……! 広い! 泳げそうなくらい広いわ!」
一番に湯船に飛び込んだサチが、歓声を上げてお湯をかき混ぜる。
「ふあぁ……。石が背中に当たって、体の芯から熱が染み込んできますわ……」
葵は優雅に湯船の縁に寄りかかり、豊満な胸をお湯の浮力に任せて深く息を吐いた。
そんな中、美影だけは湯船の隅の方で、膝を抱えるようにして縮こまっていた。
これほど大量のお湯を一度に使う贅沢など経験したことがないし、何より、同年代の少女たちと一緒に素肌を晒すことに慣れていないのだ。
「美影ちゃん、そんな隅っこにいないでこっちにおいでよ! 背中、流してあげる!」
サチが容赦なく美影の腕を引っ張り、洗い場へと連れ出した。
「ひゃっ! あ、あの、自分で洗えますから……!」
「いいからいいから。吉平の薄荷しゃぼん、すっごく気持ちいいんだからね。そーれっ」
サチがたっぷり泡立てた手拭いで背中を擦った瞬間、美影はビクゥッと大きく体を跳ねさせた。
「ひゃああっ!? ま、待って、くすぐったいです!」
「あれ? もしかして美影ちゃん、すっごくくすぐったがり?」
「し、忍びは背後の気配に敏感で……そもそも、人に背中を触られること自体が初めてで……あははっ、や、やめてサチ!」
身をよじって逃げようとする美影を、サチが面白がって逃がさない。
「ふふっ、でも美影ちゃん、すごく綺麗な背中ね。無駄なお肉がなくて引き締まってるし、お肌もゆで卵みたいにつるつる!」
「えっ……」
サチの屈託のない褒め言葉に、美影はピタリと動きを止め、顔を真っ赤にしてうつむいた。
忍びの里では「どんくさい」「役に立たない」と貶されるばかりで、自分の体や容姿をこんな風に純粋に褒められたことなど、一度もなかったからだ。
「……なんだか、すごく恥ずかしいです」
「本当のことだもん。はい、背中終わり! 今度は美影ちゃんが私の背中洗ってね!」
サチの明るい笑顔に釣られ、美影もようやく恥ずかしさを忘れて、ふにゃりと柔らかく笑った。
「ふふっ、本当に良いお湯ですわ。血の巡りが良くなって、なんだかお肌が若返るようです」
葵が湯船から立ち上がると、お湯に濡れた長い黒髪が背中に張り付き、そして彼女の規格外のプロポーションが湯けむりの中に露わになった。
それを見た美影は、思わず自分の控えめな胸元と見比べ、愕然と目を丸くした。
「葵様……その、それはいかなる秘術でそこまで大きく……っ!?」
「秘術? いいえ、これは生まれつきのものですわよ? 美影さんも、吉平様のご飯をたくさん食べれば、もう少し発育するかもしれませんわね」
「ううっ、忍びの動きには邪魔になるだけだと思っていたのに……なぜかひどく敗北感が……」
「美影、葵ちゃんと比べちゃ駄目よ。私たちとは住む次元が違うんだから」とサチが苦笑いし、桔梗は「霊力と同じで、大きければ良いというものではありません!」とムキになってお湯をバシャバシャと跳ね飛ばす。
湯けむりの中、四人の少女たちの無防備な笑い声が響き渡る。
屋根裏の泥棒だった美影が、同年代の普通の女の子としての顔を取り戻し、吉平一家に完全に馴染んだ瞬間だった。
「おーい、あんまり長湯すると湯あたりするぞー! 出たら冷たい水でも飲めよー!」
脱衣所の外から聞こえてきた吉平の声に、サチが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「はーい! ねえ吉平、今から一緒に入って背中流してくれるー?」
「ばっ、馬鹿言うな! 俺は後でいい!」
吉平の慌てふためく声に、四人は顔を見合わせて楽しそうにクスクスと笑い合った。




