第32話「石風呂作りと、四方向からの誘惑」
川原から大量の丸石を運び込んだ吉平たちは、家の裏手でさっそく大浴場の建設に取り掛かった。
「外に大きめのかまどを作って、そこから浴槽の底に熱い空気が通る道を這わせる。石が熱を蓄えるから、少ない薪でずっと温かい状態が保てるんだ」
吉平が地面に図面を書いて説明すると、少女たちはそれぞれの持ち場で作業を開始した。
中でも一番張り切っていたのは、健康優良児のサチである。彼女は袖をまくり上げ、用意された浅い木枠の中で、粘土と消石灰を足で踏んで漆喰を作っていた。
「よいしょ、よいしょ! ふう、結構力仕事だけど、吉平がゆっくり入れるお風呂のためなら頑張っちゃうわよ」
額に健康的な汗を浮かべたサチが、泥だらけの足で枠から上がると、吉平の隣にぴったりと寄り添ってきた。
「ねえ、吉平」
サチは吉平の顔を下から覗き込み、少しだけ頬を赤くして悪戯っぽく微笑んだ。
「このすっごく広いお風呂ができあがったらさ……ご褒美に、一番風呂、私と二人っきりで一緒に入ってみる? 背中、うーんと綺麗に流してあげるわよ」
「なっ……ば、馬鹿言うなサチ! さすがに年頃の男女が混浴なんて……」
吉平が顔から火が出るほど赤面した、その瞬間。
「破廉恥です! まったくもって破廉恥ですサチさん!」
石を並べていた桔梗が、ものすごい勢いで二人の間に割って入った。
「いいですか師匠。湯という『陽』の気と、石という『陰』の気が交わるこの空間は、霊的に極めて不安定。ゆえに、陰陽の均衡を保つための儀式が不可欠です! つまり、術者たる私が師匠と二人で湯に浸かり、密着して気を送り合うしか安全な入浴方法は存在しないのです!」
「桔梗、お前それ、もっともらしい理由をつけて自分が入ろうとしてるだけだろ!」
「ち、違いますぅ! これは純粋な学術的探求であり……っ、ああっ、想像したら体の奥が熱く……!」
自らの妄想で自爆し、顔を真っ赤にしてうずくまる見習い陰陽師。
「お二人とも、吉平様の作業の邪魔ですわよ」
そこへ、手拭いと冷たいお茶を持った葵が、優雅な足取りで近づいてきた。
「吉平様、お疲れ様です。どうぞお茶を……。ところで吉平様、この浴場を作るための資材の手配は、すべて我が商会が請け負いましたわね」
「あ、ああ。葵様にはいつも感謝してるよ」
「ふふっ。ならば、その最大の出資者に対する『特別配当』があってもよろしいのではありませんか? 例えば……完成した暁には、私が吉平様のお体を隅々まで洗う、秘密の専属契約を結ぶとか」
葵は扇で口元を隠しながらも、その潤んだ瞳と艶っぽい声で、吉平の耳元に甘く囁きかけてきた。薄着の胸元が吉平の腕にふわりと触れ、吉平は完全にフリーズしてしまう。
「葵様まで何を言ってるんだ!? ていうか近い、近いです葵様!」
「お、お待ちください!」
突如、屋根の梁の上で作業していた美影が、音もなく吉平の目の前に飛び降りてきた。彼女の目は、かつてないほど真剣だった。
「吉平様、お風呂という場所は、暗殺者にとって最も狙いやすい死角です! 丸腰の吉平様をお守りするため、影である私が真っ先に湯の中に潜伏し、吉平様のお胸に張り付いて盾となるのが忍びの鉄則! どうか、私との混浴護衛任務の許可を!」
「いや、忍びの鉄則おかしいだろ! どんだけ俺の胸に張り付きたいんだよ!」
「だ、駄目ですか……? 私、息止めには自信がありますし、吉平様のお肌を傷つけないように爪も切ったのですが……」
しゅんと犬のように耳を垂らす美影に、吉平はツッコミの疲労で頭を抱えた。
幼馴染のストレートな誘惑、陰陽師の強引な儀式、令嬢の甘い契約、そして忍びの過剰な護衛。
四方向からの個性豊かすぎる恋心とアピール合戦に揉まれながらも、吉平はなんとか理性を総動員して作業を指揮し続けた。
そして夕暮れ時。
吉平の圧倒的な物理知識と、少女たちの(主に吉平と一緒にお風呂に入りたいという)凄まじい執念が結実し、家の裏手には立派な屋根付きの「極楽の石風呂」が完成したのである。
かまどには火が入れられ、たっぷりと張られた井戸水が、今まさに極上の温度へと変わろうとしていた。




