第28話「雪の治療と燃え上がる恋心」
「動かないでじっとしててくれ。少し冷たいぞ」
吉平はそう言うと、外に積もっていた雪を清潔な布に包み、美影の大きく腫れ上がった右足首にそっと当てた。
「ひゃっ……! な、何をする気だ!」
「冷やして血管を収縮させるんだ。そうすれば腫れと痛みが早く引く。それから布で固定して、心臓より高い位置に上げるんだよ」
吉平が施したのは、現代スポーツ医学における応急処置の基本である。
美影はされるがままになっていたが、次第に驚きで目を見開いた。雪で冷やし、布で適度に圧迫された足首から、ズキズキとした激痛が嘘のようにスッと引いていったのだ。
(すごい……いかなる秘術だ。これほどの傷、本来なら三日は歩けなくなるはずなのに)
吉平は足の固定を終えると、美影を抱き抱え、囲炉裏のそばの温かいゴザの上へと寝かせた。
「これで少しは楽になっただろ。……よし、できたぞ」
吉平が土鍋の蓋を開けると、先ほど美影を狂わせたあの強烈な匂いが、部屋いっぱいに広がった。吉平は木のお椀に熱々の雑炊をたっぷりと盛り、美影の前に差し出した。
「何日も食べてないような顔をしてる。ほら、ゆっくり食え」
「……な、なぜ」
美影は椀を受け取らず、震える声で尋ねた。
「なぜ、泥棒の私を助ける……? 私は忍びの一族の恥晒しで、まともに仕事もできなくて……お腹が空いて、ただご飯を盗もうとしただけの、最低な奴なのに……」
ぽつりぽつりと、美影の口から情けない本音が漏れる。凄腕の暗殺者でもなんでもない、ただ生きるのに必死なだけの、一人の弱い少女の吐露だった。
「そんなの、関係ないよ」
吉平は優しく、美影の黒装束の冷え切った指先に触れた。
「君の手、すごく冷たかった。才能がないとか、落ちこぼれだとか、そんなこと俺は気にしない。今はまず、体を温めて、お腹いっぱい食べてほしいんだ」
その温かい声と、指先から伝わる吉平の体温に、美影の心の奥底で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
美影はゆっくりと手を伸ばし、お椀を受け取った。
覆面を少しずらし、立ち上る湯気に顔を近づける。そして、木の匙で雑炊をすくい、おそるおそる口に含んだ。
「……あ」
鶏肉の濃厚な旨味。ネギの甘さ。そして、生姜の温かさが、三日間空っぽだった胃袋に、じわぁっと染み渡っていく。
それは美影の十五年の人生で、間違いなく一番美味しくて、一番優しさに溢れた食べ物だった。
「……う、うっ……うあああんっ」
気がつけば、美影の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
「ど、どうした!? まだ痛いか!?」
吉平が慌てて覗き込むが、美影は首を横に振り、声を上げて泣きながら雑炊を口に運び続けた。
今まで、失敗してとがめられることはあっても、心配されることはなかった。
惨めな泥棒に成り下がった自分を、ただ「冷たいから温まって」と受け入れてくれた。その圧倒的な優しさが、孤独だった彼女の心を完全に溶かしてしまったのだ。
「……美味しい。すごく、美味しいよぉ……っ」
お椀を空にした美影は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭い、吉平に向かって深く頭を下げた。
「吉平様……私、美影と申します。今日から、私の命も心も、すべてあなたに捧げます」
「えっ? いや、命とか重いのはちょっと……」
「いいえ! 一族に見捨てられた私を、吉平様だけが拾ってくれました。このご恩は一生忘れません! 私、ドジで何の役にも立たないかもしれませんが、一生懸命、吉平様のためにお仕えしますからっ!」
美影の瞳は、涙で濡れながらも、揺るぎない忠誠と一方的な恋心で燃え上がっていた。
同時に、各部屋から交差するように監視するの3人の乙女の視線にはまだ気づいていないのだった。




