第27話「屋根裏の落ちこぼれ」
平安の夜の闇を駆ける「忍びの者」。
彼らは貴族に雇われ、諜報や暗殺をこなす恐るべき影の集団である。
美影の祖先もまた、かつては都でその名を轟かせた伝説の忍びだった。
しかし、その血を受け継いだはずの十五歳の美影は、現在、吉平の家の屋根裏でガタガタと震えながら、涙目で後悔の念に駆られていた。
(ううっ、寒い、怖い……。早く帰りたいよぉ……)
彼女には、忍びとしての才能が絶望的なまでに欠如していた。
足音を消して歩けば自分の足につまずいて転び、手裏剣を投げれば明後日の方向へ飛び、高い所に登れば足がすくんで動けなくなる。当然、まともな任務など任されるはずもなく、一族からは「落ちこぼれ」「ただの飯食い虫」と冷遇され、ついに居場所を失って逃げ出してしまったのだ。
行く当てもなく、三日間水しか飲んでいない美影は、ただ生き延びるために「空き巣」へと成り下がっていた。
「豊かな村がある」という噂を聞きつけ、食べ物を盗むために忍び込んだものの、運悪く一番大きな家(吉平の家)の屋根裏に迷い込んでしまい、降りられなくなってしまったのである。
(おじい様、ごめんなさい。立派な忍びになれなくて。私、このまま屋根裏で干からびて死ぬんだわ……)
空腹と寒さで意識が遠のきかけた、その時だった。
床板の隙間から、下の部屋の様子と、とてつもなく良い「匂い」が上がってきたのだ。
「ふう……みんな寝たか。さて、少し夜食でも作るかな」
下の部屋では、吉平が一人、囲炉裏の火をいじっていた。彼は土鍋を取り出し、そこに白米と、村の猟師からもらったキジ肉の切れ端、そして刻んだネギを放り込んだ。そこに少しの塩と生姜を加え、ぐつぐつと煮込み始めたのだ。
現代で言うところの、鶏肉の雑炊である。
立ち上る湯気とともに、肉の脂とネギの甘み、生姜の爽やかな香りが、屋根裏の美影の鼻腔を直撃した。
(な、なんだこの狂おしいほどの良い匂いは……っ! こ、これは幻術? いいえ、本物の食べ物……っ)
美影は必死に唾を飲み込み、手で鼻と口を覆った。しかし、肉の煮える「ぐつぐつ」という音までが耳に届き、限界を超えた彼女の胃袋が、意思に反して盛大に悲鳴を上げた。
きゅるるるるるるぅぅーーっ!
静まり返った夜の家に、雷鳴のような腹の虫の音が響き渡る。
しまった、と美影が身をすくめた瞬間。空腹によるめまいと、寒さでかじかんだ指先が、無情にも梁から滑り落ちた。
「あっ」
ドガシャァァァンッ!!
「うわっ!?」
吉平が驚いて振り返ると、天井の薄い板を突き破り、黒装束の少女が囲炉裏のすぐ横に落下してきたのだ。
舞い散る埃と木屑の中、美影は激痛に顔を歪めた。着地の際、畳の上に不自然な角度で右足を突いてしまったのだ。
「く、あいたたたっ……!」
美影は痛みをこらえ、這いつくばるようにして懐からクナイ(小刀)を引き抜き、吉平に向けた。せめて凄腕の忍びのフリをして、相手を怯ませて逃げなければ。
「う、動くなっ! 私は闇を統べる忍び……っ! 命が惜しくば、そこにある鍋を置いて道を空け……っ」
美影が必死に凄んでみせたものの、声は震え、足の痛みにポロポロと涙をこぼしている。さらには、再びきゅるるると盛大なお腹の音が鳴り響き、威厳など欠片もなかった。
「お、おい、大丈夫か!? 天井から落ちてくるなんて……足を打ったのか?」
吉平はクナイを向けられているというのに、全く怯える様子もなく、むしろ心底心配そうな顔で美影に駆け寄ってきた。
「く、来るな……! 私に触れれば、呪いで……っ、ああっ、足に触るな!」
「かなり腫れてるな。酷い捻挫だ。このままじゃ歩けないぞ」
「かまうな! 私は盗人だぞ、お前の家の飯を盗みに来た悪党なんだ!」
美影が泣き叫ぶように言うと、吉平は困ったように、しかしひどく優しい顔で微笑んだ。
「盗人だろうと、なんだろうと。こんな雪の夜に、お腹を空かせて泣いてる女の子を放っておけるかよ」
吉平のその言葉に、美影は思わず息を呑んだ。
一族からは見放され、誰にも必要とされなかった落ちこぼれの自分。そんな情けない盗人を前にして、目の前の少年は、まるで大切なものを扱うように、優しく彼女の足元に膝をついたのだった。




