第29話「続・間取りをめぐる聖戦」
吉平の部屋には、重苦しい沈黙が流れていた。
つい先ほどまで、涙を流しながら雑炊を頬張っていた美影は、今や借りてきた猫のように丸くなって、吉平の背後に隠れている。その視線の先には、各部屋を仕切る襖が勢いよく開け放たれ、仁王立ちする三人の乙女たちの姿があった。
「吉平……さっきから黙って聞いてれば、ずいぶんと楽しそうじゃない」
一番に口を開いたのは、幼馴染のサチだった。手にはなぜか雑巾を握りしめており、その指先が白くなるほど力がこもっている。
「師匠、油断も隙もありません。天井から女の子が降ってくるなど、いかなる天文学的確率ですか。もしや、私に隠れて新しい召喚の儀式でも行いましたか?」
桔梗は呪符を指に挟み、美影を不審な霊体でも見るような目で見つめている。
「吉平様……。拾ってきた迷い犬を飼うような気軽さで、得体の知れない忍びの娘を囲うのはいかがなものかと。村の会計と風紀を守る身としては、看過できませんわ」
葵は冷ややかな微笑を浮かべているが、その背後には隠しきれない独占欲の炎が見え隠れしていた。
「いや、違うんだ。彼女、怪我をしてるし、お腹も空かせてたから……」
吉平の弁明は、三人の冷たい視線によって霧散した。彼女たちは無言で歩み寄ると、吉平の後ろで震えている美影を、品定めするように取り囲んだ。
「ちょっと、顔を見せなさいよ」
サチが美影の覆面を、ひょいと捲り上げた。
次の瞬間、三人の乙女たちは息を呑み、わずかに後退した。
埃と涙、そして雑炊の汁で汚れてはいたが、その下に隠されていたのは、驚くほど整った顔立ちだった。
凛とした涼やかな目元に、小さく形の良い鼻。そして、何より目を引くのは、手入れなどされているはずもないのに、濡れたカラスの羽のようにしっとりと光る黒髪だ。泥にまみれてはいるが、その肌は透き通るように白く、磨けば都の貴族の姫君をも凌駕するであろう、野性味と儚さを帯びた美しさが秘められていた。
「……あら。思っていたよりも、ずっと……」
葵が、わずかに眉を寄せた。
「な、なによ。可愛いじゃない……。しかも、なんかこう、放っておけないっていうか……くっ、卑怯な!」
サチがなぜか敗北感を露わにして地団駄を踏む。
「いけません。この美貌は術式において極めて強力な媒介となります。師匠の理性が、このままでは物理的に破壊されてしまいます!」
桔梗が慌てて吉平と美影の間に割って入った。
美影は三人の迫力に圧倒されながらも、必死に吉平の単衣の裾を握りしめている。
「み、見ないでください……。私はただの、落ちこぼれの泥棒で……」
「いいえ、今日からは居候よ。吉平がそう決めたんなら、私たちは止められないもの」
サチがため息をつきながら、半ば諦めたように言い放った。だが、問題はここからだった。
「さて、この娘をどこに住まわせるか、ですわね」
葵が鋭い指摘を投げかける。
現在の吉平の家は、中央の吉平の部屋を囲むように、右にサチ、左に桔梗、上に葵、という完璧な三方封鎖が完成している。残る一面は廊下へと続く襖であり、その先は玄関や台所といった共有スペースだ。物理的に、四人目の部屋を作るスペースなど存在しなかった。
「サチの部屋で一緒に寝るか?」
「絶対に嫌! 夜中に吉平の部屋に抜け駆けされたらどうするのよ!」
「桔梗の部屋は?」
「霊力の干渉が起きます。それに、師匠の隣は私だけの聖域です!」
「葵様……」
「お断りします。帳簿の機密保持の観点からも、同室は認められませんわ」
三者三様の理由で、美影の居場所は完全に拒絶された。
吉平が頭を抱え、美影が申し訳なさそうに身を縮めたその時。
「……そもそも、彼女はどこから来たのですか?」
桔梗が、天井にぽっかりと開いた穴を指差して言う。
「そこから落ちてきたのでしょう? ならば、元いた場所に帰るのが陰陽の理というもの。……頭上に、広大な空き部屋があるではありませんか」
妙な説得力があたりを包んだ。




