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第20話「地獄の釜茹でと、薬膳(からあげ)の錬金術」

その日の昼下がり。吉平の家の土間に、奇妙な光景が広がっていた。

大きな鉄鍋に、葵が商人からかき集めさせた貴重な植物油と獣脂の混合油がなみなみと注がれ、竈の火でぐつぐつと熱されているのだ。


ゆらゆらと立ち上る陽炎と、油の匂い。

それを見た桔梗が、顔を引きつらせて後ずさりをした。


「し、師匠……! なにゆえ、鍋の中で灯りの油を沸騰させておられるのですか!? それはまるで、地獄の亡者を罰する釜茹での刑……恐ろしい呪術の儀式ですか!?」

桔梗は身を乗り出して鍋を覗き込もうとするが、熱気に驚いてサチの背中に隠れる。


「呪術じゃないって。これを見ろ」


吉平が取り出したのは、村の猟師が獲ってきた山鳥キジの肉だった。

だが、ただの生肉ではない。吉平は昨晩のうちに、肉を一口大に切り分け、すり潰した野蒜(のびる・ニンニクに似た香草)と生姜、そして塩と少量の酒を揉み込み、一晩じっくりと漬け込んでおいたのだ。

肉の生臭さは完全に消え、食欲をそそる香辛料の香りが漂っている。


「吉平、そのお肉、生でもなんだかすごくいい匂いがするわね」

サチが鼻をひくひくと動かして興味津々に覗き込む。


「ここからが魔法だ。この肉に、うっすらと小麦粉をまぶして……この熱した油の中に沈める」


吉平は菜箸で肉を掴み、沸騰する油の中へ静かに投入した。


ジュワァァァァァッ!!


激しい音と共に、鍋の中から無数の細かい泡が爆発的に立ち上った。

「ひゃああっ!? 肉を煮えたぎる油に沈めるなど、やはり狂気の沙汰ですぅ!」

桔梗が悲鳴を上げて耳を塞ぐ。


しかし、次の瞬間だった。

香ばしく焼けた小麦粉の匂いと、肉の中に閉じ込められていた暴力的なまでの「脂の旨味」の匂いが、弾けるように土間から村中へと広がっていったのだ。


「な、なんという……」

桔梗が耳を塞いでいた手をゆっくりと下ろす。

「お腹の奥が、ぎゅるぎゅるって鳴ってる……。なんだか、よだれが止まらないわ……」

サチがうっとりとした顔で、熱せられる鍋に引き寄せられていく。


パチパチ、とはぜる心地よい音。

キツネ色に染まっていく衣。

それは、淡白で味の薄い食事しか知らなかった平安の人々にとって、まさに脳の奥髄を直接揺さぶるような「未知の魔香」だった。


「よし、揚がったぞ」


吉平が網で肉をすくい上げると、表面の衣からチリチリと油が滴り落ちた。

吉平はそれを少し冷まして細かく刻み、炊きたての白米と一緒に、目を覚ました小梅の口元へと運んだ。


「ほら小梅。ゆっくりでいいから、よく噛んで食べてみろ」

小梅はおそるおそる、その茶色い欠片を口に含んだ。


「……あ」


一口噛んだ瞬間、小梅の大きく見開かれた目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「うま、うまいっ……! なにこれ、お肉からジュワーって甘い汁が……あったかくて、すごく美味しいよぉ……!」


小梅は涙を流しながら、無我夢中で肉と白米をかき込み始めた。

脂質とタンパク質、そして炭水化物。枯渇していた小さな体に、爆発的な熱量カロリーという名の命の炎が灯っていく。みるみるうちに小梅の青白い頬に赤みが差し、額には健康的な汗がにじみ始めた。


「よしよし、いい食べっぷりだ。これならもう大丈夫だな」

吉平が安堵の笑みを浮かべて小梅の頭を撫でた、その背後で。


ゴクリ、と。

三人の美少女たちが同時に、とてつもなく大きな生唾を飲み込む音が、静かな土間に響き渡った。

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