第17話「白粉(おしろい)の毒と、美肌の伝道師たち」
右大臣家の屋敷に通された吉平たちだったが、肝心の姫君は御簾の奥から一歩も出てこようとしなかった。
「……お帰りなさいませ、葵様。今のわたくしの顔は、恐ろしい『赤鬼の呪い』に侵されております。どなた様にもお見せできるようなものではございません……」
御簾の向こうから、シクシクと泣く声が聞こえる。
「赤鬼の呪い、ですか?」
吉平が小声で尋ねると、葵が扇で口元を隠しながら耳打ちしてきた。
「数ヶ月前から、姫様のお顔に赤い吹き出物が無数にでき始めたそうです。祈祷師を呼んでも治らず、姫様は悲しみのあまり、白粉を分厚く塗って隠す日々だとか」
吉平はピンときた。
平安時代の白粉の主成分は鉛や水銀だ。そんな毒性の強いものを肌に塗りたくり、しかも先ほどの話の通り、ろくに顔を洗わず上塗りしていくのだから、毛穴が詰まって重度のニキビや金属アレルギーになるのは当然である。
呪いでもなんでもない、ただの悪循環による肌荒れだ。
「姫様、ご安心ください。私がお持ちした『秘薬の泡』で、その赤鬼を綺麗に退治してみせます。さあ桔梗様、サチさん、出番ですわ」
葵の合図で、三人のヒロインたちが完璧な連携で動き出した。
「お任せください! 呪いを祓うのは陰陽寮出身たるこの私の役目!」
桔梗が自信満々に御簾の奥へ進み入り、もったいぶった身振りで適当な呪文を唱え始める。エリート陰陽師(見習い)の肩書きと美貌による、完璧なハッタリである。
姫君がその神秘的な空気に圧倒されている隙に、サチが手早く薄荷石鹸を水で泡立て、ふわふわの白い雲をたっぷりと作り上げた。
「姫様、失礼しますね。目を閉じて、力を抜いてください」
サチが優しく、姫君の顔を泡で包み込む。鉛の白粉と何層にも重なった皮脂の汚れが、石鹸の力でみるみると浮き上がっていく。そして薄荷の成分が、炎症を起こした肌に心地よい清涼感を与えた。
「ああっ……! な、なんという冷涼で心地よい気配! 顔に巣食っていた熱の鬼が、逃げていくのがわかります……!」
「仕上げはぬるま湯ですわ。優しく拭き取りますね」
葵が清潔な麻布でそっと顔を拭うと、そこには赤みが引き、さっぱりとした本来の素肌が現れた。
数日正しく洗顔を続ければ、肌荒れは劇的に改善するだろう。
「こ、この秘薬……いくらでも出します! どうか右大臣家で独占させてくださいませ!」
姫君の歓喜の声に、葵がふふっと優雅に、そして恐ろしく腹黒く微笑んだ。
「承知いたしました。では、こちらの契約の木簡に印を……。それと、この泡の力を最大限に引き出すための『専用の木桶』と『手拭い』の定期購入も合わせておすすめいたしますわ」
吉平の衛生知識、桔梗のハッタリ、サチの技術、そして葵の商才。
四人の完璧なチームワークにより、都での初めての取引は、莫大な富をもたらす大成功を収めたのである。




