第15話「月下の密談と、賢者の衣の下の秘密」
蔵の掃除も終わり、いよいよ都への販路を検討する段階に入った。
村が寝静まった深夜、吉平は一人で作業部屋で木簡を整理していた。そこへ、控えめなノックの音が響く。
「吉平様、夜分に失礼いたします。帳簿の整理が一段落しましたので」
入ってきたのは葵だった。だが、その姿を見て吉平は思わず筆を落としそうになった。
夏の寝苦しさのせいか、葵は透けるほど薄い麻の寝巻き一枚という、あまりにも無防備な格好だったのだ。
「あ、葵様……その格好はちょっと……」
「? お気になさらず。それより、都の有力者への献上品のリストですが……」
葵はまったく気にした様子もなく、吉平のすぐ隣にペタンと座り込んだ。
彼女が身を乗り出して木簡を指差すたび、ゆったりとした寝巻きの襟元がたわみ、以前の採寸でサチたちを驚愕させたその豊かな谷間が、吉平の視界にチラチラと入り込んでくる。
(ち、近い! そして目のやり場がない!)
葵は頭脳明晰な切れ者だが、ずっと隔離されて育ったため、同年代の男子に対する警戒心や「自分の破壊力」に対する自覚が絶望的に欠如しているのだ。
「これによれば、最初の三ヶ月で村の家計はこれまでの倍以上になりますわ。ふふっ、都の貴族たちからたっぷり搾り取って差し上げます」
「そ、そうだな! さすが葵様、完璧な計画だ!(頼むからその腕を俺の腕に密着させるのはやめてくれ!)」
吉平が冷や汗をかきながら必死に木簡から目を逸らさないようにしていると、葵がふと、不思議そうに自分の胸元を押さえた。
「……吉平様。最近、また胸のあたりが苦しいのです。息苦しいというか、こう、服が布地から張り裂けそうにきついというか……」
「えっ!? まさか喘息の再発か!?」
吉平が慌てて葵の方を向く。
「いいえ。咳は出ないのですが、吉平様のそばにいると、胸の奥がドクドクと鳴って、顔が熱くなるのです。それに、村に来てからたくさん食べるようになったせいか、胸のあたりのお肉が邪魔で……これも何か、新しい呪いの病でしょうか?」
葵はコテッと小首を傾げ、あろうことか「ここが張るのです」と、自分の豊かな胸元を両手でふにふにと寄せてみせた。
無自覚な天然お色気による、あまりにも破壊力の高い物理攻撃。
吉平の顔は一瞬で沸騰したように真っ赤になった。
「ばっ、ばか葵様! それは病気じゃない! ただの健康的な成長と……あーっ、もう! とにかく病気じゃないから、自分でそこを揉むな!!」
「ひゃっ!?」
吉平が大慌てで目を覆いながら叫ぶと、葵はきょとんとした後、自分の今の姿勢と、はだけかけた寝巻き、そして吉平の真っ赤な顔を見て――ようやく事態を理解した。
「あ……ああっ……! わ、私、なんてはしたないことを……っ!!」
ボフッ、と音が鳴りそうなほど葵の顔が朱に染まる。
賢者の余裕などどこへやら、彼女は涙目で自分の襟元をギュッと掻き合わせ、団子虫のように丸くなって震え始めた。
「ち、ちがうのです吉平様! これは、その、計算外というか、私自身が自分の体を把握しきれておらず……っ! ああもう、お嫁にいけません!」
「いや、誰も見てないし俺も見てないから! だから泣くな!」
「なになにー!? 葵ちゃん、吉平になにかされたの!?」
「師匠! 夜這いですか! 抜け駆けは許しませんよ!」
騒ぎを聞きつけたサチと桔梗が、襖をバーンと開けて飛び込んでくる。
「ちがーう! 誤解だお前ら!!」
深夜の吉平の部屋に、少女たちの悲鳴と吉平の情けない弁解が響き渡る。
完璧な秘書令嬢のポンコツな赤面劇を皮切りに、吉平たちの賑やかで騒がしい夜は更けていくのだった。




