第14話「廃堂の怪異と、震える陰陽師の不器用な盾」
収穫した香草を乾燥させ、量産に入った石鹸。だが、村にはこれらを保管する場所が足りなかった。
そこで目をつけたのが、村の外れにある古い蔵だった。しかし、そこには「物の怪が出る」という噂があり、誰も近づこうとしない。
「師匠! そのような穢れた場所、私がお守りせずして誰が行くのですか!」
桔梗が胸を張り、吉平に同行を申し出た。普段のポンコツっぷりはどこへやら、エリート陰陽師としてのプライドが輝いている。
だが、いざ蔵の前に立ち、ギギギ……と重い扉を開けた瞬間、桔梗の顔からスッと血の気が引いた。
昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。カビと埃の匂いが充満する空間は、いかにも何かが潜んでいそうだった。
「ほら桔梗、中に入るぞ」
「あ、あの……師匠。やはり今日は日柄が悪く……ひゃんっ!?」
足元をネズミがカサカサと走り抜けただけで、桔梗は悲鳴を上げて吉平の背中に飛びついた。
「お、おい桔梗」
「む、無理です! 帰ります! 陰陽寮の書物にも『無闇に暗がりに入るべからず』とありますぅ!」
さっきまでの威勢は完全に消え失せ、桔梗は涙目で吉平の単衣の袖をギュッと握りしめている。
彼女の細い腕が吉平の腰に回され、怯えるたびにその小さな胸の鼓動と、石鹸のいい香りが背中に伝わってくる。気位の高い美少女が、プライドを捨てて自分にすがりついてくる庇護欲をそそる可愛さに、吉平は少しだけドキッとしてしまった。
「大丈夫だって。ただ風通しが悪いだけで……」
吉平が奥の窓を開けようと歩み寄った、その時だった。
バサバサバサッ!!
天井の梁から、巨大な黒い影が不気味な鳴き声とともに吉平の頭上へ向かって急降下してきたのだ。
「うわっ!?」
不意の出来事に吉平が尻餅をついた瞬間。
今まで吉平の背中に隠れてガタガタと震えていた桔梗が、弾かれたように吉平の前に飛び出した。
「さ、下がってください師匠っ!!」
桔梗の足は生まれたての子鹿のようにガクガクと震え、目には大粒の涙が浮かんでいる。それでも彼女は、恐怖で引きつる顔のまま両手を広げ、小さな体で吉平を庇うように立ち塞がった。
「わ、私に近づきなさい悪霊! 私は都のエリート陰陽師、桔梗……っ! し、師匠には、指一本触れさせないんだからぁーっ!!」
半泣きで、声も裏返っている。持っている呪符も震えてシワシワだ。
それでも、彼女は逃げなかった。自分の命より、吉平を守ることを選んだのだ。
その不器用で真っ直ぐな愛情に、吉平の胸が熱くなる。
「……桔梗、もういいよ。目を開けてみろ」
吉平が優しく肩を叩くと、桔梗はおそるおそる薄目を開けた。
そこには、吉平が開けた窓の隙間から外へ逃げていく、一羽の大きなフクロウの後ろ姿があった。
「ふく、ろう……? 怨霊では……?」
「ああ。ただの鳥だ。でも……俺を守ってくれてありがとうな。すごくかっこよかったぞ」
吉平が笑って頭を撫でると、桔梗はフクロウだと気づいた安堵と、吉平に褒められた嬉しさ、そして半泣きの顔を見られた恥ずかしさで、一瞬にして顔を真っ赤にして爆発させた。
「わ、わわわ私は最初から鳥だと見抜いておりました! 師匠を試したのです! ああもう、触らないでください私の霊力が乱れますぅーっ!」
照れ隠しでポカポカと吉平の胸を叩く桔梗。その顔は、陰陽師ではなく、ただの恋する?少女のものだった。




