一番の年上としての矜持
鷲衣さんがお風呂に入っている間に戸締りの点検をして、お母さんに一日問題なかったという報告メールを送ってから、パラユニにログインする。
ライブできる場所を増やすために次の街であるユートデルタに行く前にユートガンマの観光をする。
(楽器が売ってる場所があると嬉しいんだけど)
挙動不審に思われないように細心の注意を払いながら、周囲を見回して何のお店があるのか確認していく。すると、唐突に肩を突かれる。こんな事をするのは、キューちゃんくらいしかいないと思って振り返ると、そこにいたのは鎧姿ではなく普段着姿のアルシャさんだった。ただし、アルシャさんは、いつもと違いタバコを咥えていた。
「お買い物?」
「あ、え、えっと、そ、そんな感じです……」
「楽器?」
「あ、は、はい……」
「それならこっちだよ」
アルシャさんは携帯灰皿にタバコを入れて微笑みながら案内してくれようとする。私は、アルシャさんのイメージとは違うタバコという存在に唖然としてしまっていた。
それを見て、アルシャさんは首を傾げてから心当たりを見つけたというような表情になった。
「あははは、ごめんね。タバコ、驚いたよね? 一応、アカウントが二十歳以上だと吸えるの。大学に入って、ちょっとした時に友達の勧めで一本貰ってね。その時から、少しだけ吸ってるの。作曲の時にね」
「さ、作曲……」
「うん。別に良いアイデアが出るわけじゃないけど、煮詰まったものが気に入らない時にね。気分を変えるために吸う感じかな。こっちなら害もないし、ちょうど良いかなって」
アルシャさんでも作曲に行き詰まることがあるみたい。いや、私はまだアルシャさんのことをちゃんと知っているわけじゃない。アルシャさんが描く世界を理解できているわけじゃない。
もしかしたら、これがアルシャさんの世界の一部なのかも。
「あ、アルシャさんは……ど、どんな曲が好き……で、ですか……?」
少しアルシャさんの世界を理解したいと思って、他愛のない話題を出す。普通に考えれば他愛はないけど、見方によってはバンドとして重要な話にもなる。
「う〜ん……実はアニソン系が好きなんだよね。タイアップ曲で、創作の中にある世界を表現してるのとかね。多分、私が本当に好きなのは、自分の中を曝け出す事じゃなくて、他者の世界を表現する事なのかもね」
アルシャさんは、私の話の奥にある根本を答えてくれた。それは作曲者、作詞者としてのアルシャさんの答えだ。
「『トキシックメロディ』は、本当に最近出来た曲でね。タバコやお酒を飲んだ時のことを考えて作ったの。これが喫煙者、酒飲みの世界なんだってね」
『トキシックメロディ』は、アルシャさん一人で作詞作曲したものだ。だから、全部がアルシャさんの表現したかった世界となる。でも、それはアルシャさんの中にあるものじゃなかったのかも。
「今は、ステラミルクの世界を作りたいの。でも、シェリアはともかく、リラちゃんとフォルティちゃんとの付き合いが浅すぎて、上手く表現できないんだ」
「だ、だから……た、タバコで……」
「そう。気分転換。別の曲に使えそうな世界はないかなってね。そんな時にリラちゃんの後ろ姿を見つけてね。ピンク髪と初期防具だから、割と分かりやすいよね」
そう言われて自分の服を見る。確かに初期装備のままだ。特に困ってないし、どちらかと言えば楽器の方を優先していたから、こっちにお金を使っていない。黒帝の攻撃力も高いしね。
「リラちゃんは? どんな曲が好き?」
アルシャさんから質問を返される。この質問の意図は、私と全く同じだろう。
「わ、私は……と、特にこれといって……お、音楽は沢山ありますから……ぜ、全部楽しくて良いものだと……」
「なるほど。だから、ジャンルに拘らないって感じなんだ。なるほど、なるほど……私、もっとリラちゃんを知りたくなったな」
「わ、私を……し、知るですか……?」
「うん。フォルティちゃんもね。やっぱりもっと触れ合うべきだね。互いの好き嫌いを知れば、その人の中身もよくわかるから。あっ、ここが楽器店だよ」
楽器はやっぱり奥まった場所で売られているみたいで、街の端っこまで移動していた。アルシャさんが一緒にいるので、堂々と中に入れる。これこそが虎の威を借る狐!
「ユートガンマだと、チェロとかも売ってるんだ。弾いたことある?」
「あ、す、少し……」
「おお……本当に音楽好きだね。今回は何を買うつもりなの?」
「え、えっと……演奏用のヴァイオリンを……」
「じゃあ、ここら辺だね。これなんかどう? すみませ〜ん! 試奏いいですか?」
「どうぞ」
アルシャさんが店員さんに試奏の許可を貰ってくれたので、アルシャさんから受け取ったヴァイオリンを弾かせて貰う。
「……良い音」
「で、ですね……」
「じゃあ、次はこっちかな」
アルシャさんが次々にヴァイオリンを渡してくれるので、どんどんと試奏していく。
「やっぱり高いものの方が音が良いね。リラちゃんの演奏技術が高過ぎて分かりにくいけど」
「あ、あ、ありがとうございます……」
アルシャさんに褒められて、心がぽかぽかと温かくなる。お世辞だったら、若干ショックだけど。
「でも、大分高いね。120万マニーかぁ。リラちゃん、どのくらい持ってる?」
「い、今は……な、72万マニーです……」
「私達も加入して投げ銭の取り分が四分の一になっちゃったもんね……よし、ここはお姉さんもお金を出してあげよう!」
アルシャさんは、腰に手を当てて微笑みながらそう言った。確かにグループ内では一番の年上だからお姉さんであることに間違いはない。
問題は出して貰う金額の方だ。およそ50万マニー。アルシャさんも色々買うものがあったりするはずなので、決して安くはない金額だ。ちょっと申し訳なく思ってしまう。
「で、でも……」
「大丈夫。こっちのお金ならまた集めれば良いから。現実と違って、そこまで大変でもないしね。はい。リラちゃんにお金送ったよ」
「え、あ、ありがとうございます……」
受け取ってしまったからには買わないと失礼になる。なので、ヴァイオリンを購入する。改めて自分の手元に来ると、やっぱり良いものだということがよくわかる。最上級品ってわけじゃないけど、長く使えるだろうし大事にしたい。
「さてと、それじゃあ、ん? シェリアから……屋敷に来いだって」
アルシャさんが教えてくれた内容は、私の方でも把握している。シェリアさんが送ったのは、グループメッセージだったし。
どうやらフォルティさんもログインして屋敷にいるみたい。何か話があるとのことだ。
「多分、リラちゃんにとっても嬉しいことじゃないかな」
「う、嬉しいこと……」
そう言われても、特に何も思いつかない。私が嬉しいこととは一体何なのだろうか。一抹の不安を抱えながらも、アルシャさんと共に屋敷へと帰る。




