二人だけの食事
ログアウトした私は、鷲衣さんと一緒にキッチンに立つ。手早く肉の準備やキャベツの千切り、生姜の準備などをしている間に、鷲衣さんが味噌汁の準備をしてくれる。家が大きい分キッチンもそこそこ広いので二人で作業しても狭いとは感じにくい。
「琴坂さんって、料理も得意なの?」
「と、得意ではないけど……お、お母さんがいない時も……あ、あるから……あ、ある程度は……」
お母さんがインスピレーションを得るために泊まりでどこかに行った時だけ作っているから、得意というほどは作っていない。でも、京花ちゃんは毎回美味しいと言ってくれるから、苦手というわけでもない。京花ちゃんが胃袋を掴めと言ったのには、そういう理由があるのだと思う。
「ある程度……その速度でキャベツの千切りとかができるのに……」
こればかりは慣れというのもあると思う。鷲衣さんは基本的に包丁を慎重に使っている。それと比べて、自分ができていないように感じているのだろうけど、しっかり切れているし、何なら上手い方だと思う。
「は、刃物の扱いとしては……わ、鷲衣さんの方が……た、正しいと思う……け、怪我しないのが……い、一番だから……」
「う〜ん……まぁ、そういう見方も出来るのかな」
そんな調子で夕食を完成させる。白米、味噌汁、サラダ、生姜焼きだ。料理を並べて、軽く調理器具を洗っていると、鷲衣さんも手伝ってくれた。
「さ、先に食べてても……い、良いよ?」
お腹も空いているだろうと思ってそう言うと、鷲衣さんは眉を寄せていた。分かりやすく怒っているという事が伝わってくる。
「一緒に食べる。分かった?」
「う、うん……」
鷲衣さんとしては、食事は一緒にということらしい。それが鷲衣さんのこだわりなのかな。私に洗い物をさせて一人で食べているというのが嫌なだけかもしれないけど。
「よし」
私が頷いたら鷲衣さんは満足げに頷いて笑った。その笑顔は、あの雑誌に載っていたどの鷲衣さんよりも魅力的に見えた。
「琴坂さん?」
「あ、う、ううん……な、何でもない……」
見惚れてしまっていたところで、鷲衣さんに声をかけられ我に返り、すぐに洗い物を続行する。そうして洗い物を終えて、二人揃って夕食を食べ、食器を洗い、明日の分のご飯を炊いておく。
「じ、じゃあ、わ、鷲衣さん……さ、先にお風呂どうぞ」
「昨日先に頂いちゃったから、今日琴坂さんが先で良いよ?」
「あ、えっと……じ、じゃあ、お先に……」
ここで私が遠慮すると譲り合い合戦になるので、鷲衣さんの提案を受け入れた。これなら明日は先にどうぞって出来るし。
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伊織が浴室に向かったのを確認した天花は、冷凍庫から挽肉を取り出していた。
(明日のお弁当に詰めるものを用意しないとね。明日は焼くだけにしたいから、味付けとかをしてと)
天花はスマホでレシピを見ながら、挽肉をビニール袋に入れて、刻んだ玉ねぎを混ぜ、味付けをしこねる。これで明日は焼くだけでミートボールが出来上がる。
「次は……きんぴら。料理をしない身からすると、ちょっと難易度が高いけど……」
天花はレシピに忠実にきんぴらを作っていく。保存容器に移したところで、天花は渋い表情になる。味付けも忠実に行ったため、味は問題ないのだが、レシピの写真よりも明らかに不恰好なきんぴらになってしまっているからだ。
その原因は野菜の切り方だ。どんなに忠実に作ったとしても、そもそも料理に慣れていない天花では、レシピ通りに野菜を切るということも難しいのだ。
「歯応えバッチリになった……」
「きんぴら……?」
「わっ!?」
天花が料理に集中している間に、伊織はお風呂から上がっていた。部屋に行こうとしたところで、まだキッチンに天花がいるのが見え、様子を見に来たのだ。
「え、えっと……明日のお弁当のために作り置いておこうと思って……でも、失敗しちゃった」
「……」
天花が苦笑いしている中で、伊織は徐に箸を持つと天花が作ったきんぴらを食べる。
「あ」
油断していた天花は反応しきれず、伊織の口に運ばれるきんぴらを見送ることしかできなかった。
「お、美味しいよ?」
使われている野菜が大きいという点はあれど、味に関してはレシピ通りであるために美味しいものとなっている。
ただ、その野菜の大きさに関しても伊織としては特に問題があるように思えなかった。
「ふ、普通にきんぴら……だ、だと思う……わ、私は好きだけど……」
「ほ、本当?」
「う、うん……」
「そっか……」
天花は、伊織に背を向けて保存容器に蓋をする。伊織は怒らせたかとそわそわしていたが、伊織に見えないところで天花の表情は嬉しそうに緩んでいた。
冷蔵庫にきんぴらをしまった天花は、伊織にいつもの笑顔を向ける。
「ありがとう! お世辞でも嬉しいな! それじゃあ、私もお風呂もらうね」
「あ、う、うん……ご、ごゆっくり……」
天花は部屋に戻り、寝巻きなどを準備して浴室へと向かう。伊織から美味しいや好きと言われたことで上機嫌になっていた天花は軽く鼻歌を口ずさみながら服を脱いでいく。
その中で洗濯カゴに視線が落ちる。そこには、伊織が脱いだ服が入っている。五秒ほど視線を落としたまま固まってから、首を横に振った天花は、浴室へと入っていった。
頭と身体を洗い、髪の手入れをしていく。
(そろそろ髪も整えるかな……琴坂さんも連れていって……いや、琴坂さんの性格的に前髪をあれ以上短くはしたくなさそう……でも、絶対顔を出した方が可愛いんだよね……少しずつ自分磨きに興味を持ってもらうには……マニキュアとかが入りやすいかな。大分剥がれてきてるし、塗り直したいからその時に提案してみようかな。お揃いになるし……お揃い……ふふ)
伊織とお揃いのマニキュアをするということ。それを想像した天花は自然と顔がニヤけてしまっていた。
(まぁ、マニキュアでも断られる可能性は高いけど……)
伊織の性格を考慮すれば、その考えに行き着く。だが、天花はまだ分かっていなかった。伊織は断るとういう事すらも難しいコミュ障だという事を。特に、されても特に何も問題ない事を断るのは、とても難しい。
さらに言えば、天花と仲良くなりたいと考えているため、無理なお願い以外は割とすぐに頷く可能性が高かった。
だが、まだ伊織の全てを理解したわけではない天花には想像することのできないものだった。
「距離……縮められるかな……」
天花の願いと不安が込められた言葉は、浴室内にこだまするだけだった。




