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人生で三人目のお姫様抱っこが主治医

「ふふふ。不思議に思わなかったか? どうして高校生三人で旅行に来られたのか」

「それは、先生が社会的信用あるから説得できたって言ってらしたので、額面通りに受け取りましたよ?」

「いくら私の仕事が社会的信用高いとはいえ、さすがに高校生三人、しかも男女の旅を君たちのご両親が許すわけがないだろう。私が同伴するという条件付きで、了解を得たんだ」


 なぜか自慢げに胸を張る先生。


「いや、じゃあなんで先生、昼間いなかったんですか? ていうか、それは知らせてくださいよ」

「だって、私がいるってわかってたら、君たちも委縮しちゃうだろう? 蓮はよくても二人は私のこと知らないのだから、気遣ってはいけないと思ってね。この旅はあくまでも君たちのものだ。私は影で見守らせてもらったよ。実にいい爆散、もとい、関係性を築き始めているね」


 そう言いつつ、先生はさらに酒を体内に取り込んでいく。

 よく見ると、テーブルの上にはこのあたりで買ったであろうご当地のおつまみ的なものが多く置かれていた。

 これは完全に先生は先生で個人の旅行楽しんでるな。

 そう言えば前に『医者はな、とにかく時間がないんだ。仕事に束縛されて、本当に何もできないんだ。辛い』ってぼやいていたから、きっと先生にとってもいい機会だったのだろう。


「事情はわかりました。それに先生のおかげでこうして旅行に来れたので感謝してます」


 俺は小さくため息を吐きつつも、感謝自体は間違っていないので、その思いは素直に伝える。


「おや、どうやら進展あったようだね?」

「まあ、進展というかお互いに割と好きに感情をぶつけることができてる気がしますね」

「それは何よりだ。やはり、旅に出て正解だったね。人間、気づかないうちに環境に縛られていることもある。こうして、違う場所に来て出会う新しい自分と他者とはいいものだね」


 うんうんと、先生は良いこと言ったといわんばかりに頷いている。


「それで、先生、どうしてのこの部屋に?」


 俺はようやく本題に入る。

 先生には先生で部屋があるはずだ。

 わざわざ俺の部屋で飲む意味がわからない。


「予約間違えた」

「はい?」

「一人ひとり部屋を取るはずだったが、なぜか君と私の部屋が同じになってしまった」


 申し訳なさそうに笑う先生。

 いや、そのミスはラブコメとかだと俺と麗奈、美里の間で起こるものでは? 

 なぜに先生との間で発生しているんだ?


「それなら、美里や麗奈と代わりますよ」

「うん、それは無理だ。知らない子と一緒は無理だ。人見知りだからな」


 言って、先生は酒を口に運ぶ。

 いや、人見知りというのもあるかもしれないが、好きに酒飲みたいってのも本音だな、これは。

 部屋に漂う酒の匂い。先生の拒否に関わらず、美里や麗奈も酒の入った知らない大人と同部屋は嫌だろうし。


「先生のセンシティブさはあれですが、それでもさすがに未成年男子と成年女性が同じ部屋で、というのは社会的にマズいと思うので、他に部屋がないか聞いてきますよ」

「ふふふ。君は私を誰だと思っている。とっくに確認したに決まっているだろう。今日は満室だ」


 決め顔を作り、ビールをカッと流し込む先生。

 なるほど、酔っている先生は若干面倒くさい。

 いつもはもっと理知的なのに。


「それでもさすがにマズいと思うので、そうですね、ちょっと考えるんで一旦部屋出ますね」


 俺の両親は共に酒を飲まない。

 なので、匂いだけとは言え、慣れない酒に俺の頭は少しフラフラしてきていた。


「待て! 少しだけ付き合ってくれ! 社会人として、医者として頑張ってきた私はな、多忙を極めたせいで恋人はおろか、友達もいないんだ! だから、せめて付き合いの長い君と語り合いたいんだよぉ。頼むよぉ。最近になって、親も結婚しろとかうるさいし、こんなに頑張ってきたのに何が駄目なんだよぉ」


 言いつつ、先生は俺の浴衣の裾を掴み、ぼろぼろと涙を流す。

 いや、大人の涙辛い! 

 ずっと大人として、頼れる医者として俺を導いてくれて来た先生の涙、結構心に来る。

 なんだか、自分までもしかしたら先生の負担になっていたのかもと思うとやるせない!


「わ、わかりました! 飲めはしませんが、お付き合いします!」

「ありがとうなーありがとうなー。こんな駄目な先生でごめんなー」


 というわけで、俺は先生が愚痴に付き合った。

 飲んで涙を流し語り、時には歌い、先生は一時間ほどで眠りについた。


「よし、これでいいか」


 俺は既に敷かれていた布団に先生を寝かせた。

 人生で三人目のお姫様抱っこが主治医とは。

 稀有な経験過ぎる。


「とりあえず、外に出よう」


 酒の匂いにあてられてしまい、頭がクラクラする。 

 少しだけ足元もおぼつかない。

 壁伝いに俺は部屋から出た。

 さすがに時間帯的に高校生の自分が旅館の外に出るわけにはいかないので、旅館内の中庭に続く廊下を歩く。

 中庭は純和風の庭園といった雰囲気で、歩くこともできるが、その隅にはベンチも置かれている。

 俺はそこに座ろうと庭園内を歩いた。


「ん?」


 すると、既にベンチには先客がいたようで、人影が視界に入り込んだ。

 一瞬、引き返そうかとも思ったが、よくよく見ればそこに座っていたのは麗奈だと気づいた。

 俺はそのまま近寄って行った。


「麗奈」

「ひゃ! れれれ、蓮?」


 ぼんやりと庭園を眺めいたらしい麗奈は、驚いたようにこちらを見る。


「どど、どうしたの? もう疲れて寝てるかと思った。その、ほら、一日私と美里ちゃんに攻められてたからさ」


 麗奈は頬を赤らめながら、前よりも伸びが毛先をすりすりと人差し指と親指の腹で擦る。


「いや、実は……」


 俺はかくかくしかじか。

 麗奈に部屋の状況を話した。


「それは大変だったね。先生には感謝しないとだけどさ」


 言って、麗奈は気まずそうに笑った。


「全くだ。それで、麗奈はどうしてここに?」


 時間は二十二時。

 高校生だし、起きていてもおかしくない時間帯だけど、旅行の疲れもあるはずだ。


「あー、いや、なんとなくまだ寝たくないなって思っただけ」


 麗奈は笑う。


「だってさ、まさか蓮と旅行に来れるなんて思ってなかったからさ。改めて、妙に感動しちゃって」

「あー、たしかにそれはあるかもな。俺も麗奈と旅行に来れるって思ってなかったし。いろいろと、変わったおかげだな」

「だね」


 そこまで言うと、お互いに笑みがこぼれた。

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