やっぱり独り占めしたいなあ
「あ、それでさ、蓮はどうするの? 部屋は戻れないよね?」
「まあ、お世話になっている先生だし、先生のおかげでこの旅行も来れたから、一晩くらいは我慢するさ」
「え? 我慢するって……」
「うん、このままここでのんびりしとこうかなって。幸い、季節は良いし多分大丈夫だろ」
「いや、それは駄目だって。蓮、風邪ひいちゃうよ」
「まあ、それはそうだけど、どうしようもないしな。もし、先生が俺と一緒の部屋に泊まったってことがバレたら、先生はそれこそ社会的信用失くすだろうし。俺としてもそれは避けたい」
俺は季節的にいけるとはいったが、やや寒さは感じる。
だが、恩人の社会的信用には代えられない。
社会的信用で来れた旅行で、その社会的信用を失ってしまっては元も子もないしな。
「じゃ、じゃあさ、私の部屋に来る?」
「いや、それも駄目だ」
俺はすぱりと提案を断る。
麗奈はややショックを受けた様な顔をする。
しかし、駄目なものは駄目だ。
「でも、私と蓮の仲だし、お泊りは小さい頃やってたじゃん?」
「いや、仲がいいからこそ、こういうのはちゃんとしないといけない」
「私と一緒の部屋は嫌、かな?」
「そうじゃない」
俺は不安げな声を出す麗奈の方を向き、しっかりと視線を合わせる。
楔帷子の時のようなすれ違いは絶対にしたくないから。
「俺はきちんと麗奈とのことを考えたい。もちろん、その、麗奈のエロスには爆散させられてばかりだが……。でも、だからこそ、俺はそれ以上の関係になる際にはきちんとした前提の関係と、そこに至るプロセスが大事だと思う。今ここで麗奈の部屋に行くことは間違っている。旅行の中で、しっかりと感情をぶつけ合うことと、今ここで麗奈の部屋に行くことは相いれない」
最初は不安そうな色を瞳に浮かべていた麗奈も、徐々に俺の言葉が心に届き安心したのか、瞳にはいつもの力強さが戻る。
「そっか。そだね。蓮の言う通りだと思う。ここで変なことするのはおかしいよね。ごめんね、なんか変な提案しちゃって」
「いや、麗奈が俺のことを思ってくれていることはちゃんとわかっている。わかっているからこそ、俺は爆散を恐れずに麗奈と接していたわけだし……」
と、ここまで話して自分が酷く恥ずかしいことを言っていることに気づき、思わず頬を掻く。
しかし、目は背けてはいけない。
これが俺が向き合うべきことなんだ。
いやほんと、きちんと他者の奥深くにある感情と向き合うということはこうも難しく、気恥ずかしいのか。
皆、こんなことを当たり前にやっているんだもんな。
外堀だけを固めた俺の心ではなかなか追いつけない。
だが、だからこそ今向き合わないとな。
麗奈と美里はそうしてくれているのだから。
俺は改めて心の緒を締める。
「ふふっ。ありがと。蓮のその気持ち嬉しい。だから、明日で絶対に蓮に恋を自覚してもらうし、それが駄目でもなんとかして社会的孤立には追い込むからね」
麗奈はふわりと立ち上がってこちらを向き、宣言をする。
社会的孤立という物騒な言葉を孕みながらも、そこには俺への暖かな想いが溢れているように感じた。
彼女の頭上でふわふわと浮く月が、彼女の想いを祝福するようにまばゆい光を発している。
「俺も受けて立つ。俺の向き合う気持ちだって本物だ」
「じゃ、もう少しだけ蓮と話してから部屋に戻ろうかな」
麗奈は再びベンチへと腰掛ける。
先ほどと距離は変わらない。
それでも、なんだか心はより近くなったように感じた。
そのまま二人で一時間ほど話したのち、麗奈は自身の部屋へと戻っていった。
というよりも、さすがにこれ以上は麗奈も明日に差し障ると思い、戻ってもらった、という方が正しいけれど。
「さて、どうするかな」
俺も少し冷えてきた体を擦りながら、中庭を後にした。
確か、大浴場は二十四時間利用できたはずだし、浴場の傍には休憩スペースもあるからそこでかなり時間を潰せるはず。
ゆっくり浸かろうかな。
そんなことをぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、廊下の角から麗奈とは別の見知った影が飛び出してきた。
「蓮くーん」
「美里? どした? こんな時間に」
美里がそっとこちらへと近づいて来た。
「私の部屋に来てくれない?」
「え? いや、でももうこんな時間だし、俺が行くのは……」
「お願い。どうしても来てほしい……」
美里は俺の手を掴む。
その瞳には大きな戸惑いと、悲しみが滲んでいるように見えた。
☆
私は浮かれていた。
だって、蓮とこんなに近づけるなんて思ってもいなかったから。
ずっと、近いのに遠くに感じていた蓮。
その蓮がこんなにも色んな表情と感情を見せてくれて、なおかつ私で爆散してくれている。
けれど、その一方で、これまで通りの蓮もいる。
『今ここで麗奈の部屋に行くことは間違っている』
そう言った時の彼の目と表情、そして声色はこれまで私が見てきたカッコいい蓮そのものだった。
苦難を克服しようと、必死に抗い、それでも周囲に笑顔を振りまくスーパーマンみたいな彼だった。
私は改めて蓮の瞳に心を射抜かれてしまった。
これまで通りのカッコいい蓮と、今見えてきている新しいちょっと抜けた、でも、表情豊かな蓮。
その二つが入り混じり、私の心はどうしようもなく蓮との恋にのめり込んでいく。
「あー、やっぱり独り占めしたいなあ」
私は部屋までの帰り、疼く独占欲を優しく撫でた。
美里ちゃんというライバルが現れてからずっと、私の十年以上溜めに溜めた好きという感情が独占欲といういびつな形になって表れていた。
けれど、それが少しずつ形を変えていっているのがわかる。
撫でたそれは、どこかこれまでとは違う、柔らかさ持ち始めている。
私はその変わっていく独占欲にどこか心地よさを感じつつ、部屋まで歩いていく。
美里ちゃんは想像以上に積極的に蓮へアプローチしてたけど、もしかしたらそこまで焦らなくてもいいのかもしれない。
私が信じたように蓮に接すればいいのかもしれない。
そう思えた。
きっと明日もいい一日になる。
そう信じて。




