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 夕食は地元の肉や野菜を使った旅館らしい和風のものだった。

 俺と美里、麗奈は会場の端の方に用意されたテーブル席に座り、舌鼓を打っている。


「はい、蓮君。あーん」


 美里は先ほどのセンチな雰囲気などどこ吹く風で、俺の隣に座り、体を密着させながらこちらの口元に食事を運んでくる。


「いや、さっきから言ってるけど自分で食べられるかんぐう」

「おいしい? おいしいよね? 私からの愛が籠ったお肉、美味しくないはずがないよね? 推しにご飯食べさせるって、物理で支えてる感じがして新感覚だよ」


 むしろ、テンションで恥ずかしさを誤魔化している感じもあるな。

 どちらにせよ、あのような雰囲気を醸し出した美里のアタックを断ることはできず、衆人環視の中で口に次々に食べ物が運ばれていく。

 いや、美里の食べる分なくなっちゃう。


「籠ったって、口に運んでるだけじゃん」


 麗奈はテーブルを挟んで向かい側に座り、ご飯を口に運んでいる。


「んー、じゃあ、麗奈ちゃんもこっちに来る? 昼間はあんなに頑張って爆散させたのに、もう疲れちゃった?」


 挑発するような物言いをする美里。

 やめて。

 怖い。


「いかない! 私はこういう公共の場での食事中のマナーは守ってちゃんと食べたいの! 屋上とかそういう三人だけの空間ならいいけど!」


 ぎゅりぎゅりと唇を噛みしめる麗奈。

 いや、また血出てるって! 

 ていうか、相変わらず食べ方丁寧だな。

 麗奈はこれまでボーイッシュさを前面に押し出していたが、しかしそれでいて、俺は麗奈の食事マナーの綺麗さには関心をしてきた。

 丁寧な箸使い。

 しゃんと伸ばされた背筋。

 食べ物に感謝しつつ、口元へと運ぶ際の視線の柔らかさ。

 どれも麗奈らしさが溢れていて素敵だ。

 ていうか、今思えば、それがきっと麗奈の素の部分だったんだろうな。

 俺のために作り上げた虚像。

 俺はそればかりを見ていたわけなのだから。


「何? 蓮」


 こちらの視線に気づいたのか、麗奈はじとりと目を向ける。


「あ、いや、麗奈はいつも綺麗な食べ方するなって思って。特に魚なんかはすごいよな。毎回、綺麗に身を取って骨だけ残るし」

「変態! 食べてる時のことそんなに見てたなんて変態!」

「いや、俺はあくまでも尊敬の念をだな」

「はい、蓮君。あーん」

「おんぐう!」


 タイミング!


「ん!」


 今度は麗奈が俺に肉を差し出してきた。

 今さっきやらないって言ったのに!

 しかも、どうやらすこぶる恥ずかしいらしく、視線は明後日の方向に飛んでいる。

 肉を掴む箸もがくんがくんと揺れている。

 顔もこれまでにないほどに赤い。

 人の服を爆散させるのにはためらいないのに、これは恥ずかしいとは。

 基準、基準がわからない!

 ん? 

 しかし、混乱する俺の中に、ふと俺は一つの理解が落ちてきた。

 これまでの麗奈の変化、そしてその一方で変わらないもの。

 それぞれの時の麗奈のリアクションを総合すると、もしかして麗奈は素の自分に気づかれたり、出してしまった時に照れてしまっているのでは?

 そう考えると、麗奈のテンションの乱高下に納得がいく。

 なるほど。

 大きく変化しようとしている関係性の中で無理をしていたのは、俺だけじゃないんだな。

 そう思うと、先ほどまで恋というものに悩み凝り固まろうとしていた俺の心は、なんだか少しだけ柔らかくなったような気がした。


「なんでそんな笑ってんのよ!」

「いや、なに。良い気付きを得たなと思ってな」

「は? なにそれ! 意味わかんない!」


 麗奈は箸をこちらに向けたまま、体を明後日の方向に向ける。

 いや、器用。


「麗奈ちゃんばっかりやっぱりズルい! 私も見て!」

「ぎゃん!」


 俺と麗奈のやり取りを見ていた美里がぐいと俺の首を自身の方に捻る。

 図書館で顔を掴まれたときの感覚が思い返される。

 同時に、得られた理解がどこかへ吹き飛んでしまいそうなほどの痛みも走る。


「痛い痛い痛い痛いぃ!」

「耐えて! 私には今この瞬間頑張ることでしかチャンス回ってこないの!」


 いや、そのチャンスのために俺の首折れる! 

 本末転倒しちゃう! 

 恋を理解し合うと言う旅の目的頓挫しちゃう!

 いや、本当に力強い! 

 やばい!


「あの、お客様」


 ここにきて、旅館の人がこちらに声をかけてきた。

 その顔にはなんとも言えない表情が貼り付いていた。


「他のお客様もお食事をとられておりますので、お静かにお願いできればと思います」

 俺たちは旅館の人の後ろに視線を向ける。

 そこには、こちらを見る大勢の宿泊客の姿があった。

 皆が皆、食事する手を止め、こちらの動向を伺っている。


「「「すみませんでした!」」」


 俺らは周囲からのじとりとした視線の嵐の中で、三者三様に慌てふためきながら食事を済ませ、会場をそそくさと後にした。


「じゃ、じゃあまた明日」

「う、うん」

「だね……」


 三人とも恥ずかしさ未だ収まらず、顔が火照ったまま。

 なんとか、部屋のあるところまでたどり着けたけれど、まだ誰かに見られている気がする。

 その恥ずかしさを抱えたまま、俺たちは解散となった。

 三人それぞれ別部屋。美里と麗奈は一緒かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 まあ、プライベートを大事にする時代だ。

 それもまたありなん。

 たぶん。


「さすがに疲れたな……」


 自身の部屋になんとかたどり着けた俺は、部屋のドアに鍵を差し込んだ。


「え? 空いている?」


 確実に締めたはずの鍵が開いていた。

 もしかして泥棒とかそんなやつか? 

 すぐにフロントに行こうかと悩んだが、自分の勘違いだったら恥ずかしいと思い、とりあえず中を一度確認することにした。

 俺は緊張しながらも音を立てないようにゆっくりと扉を開き、足音に気を付けながら部屋に続く短いストロークを進む。

 部屋と繋がる扉には微かに隙間が空いていた。

 俺はそっとその隙間から室内を覗いた。

 同時に、一気に緊張の糸が切れ、戸をからりと力なく開けた。


「お、遅かったな蓮」


 部屋の中には、坂崎先生がいた。

 どうやら酒を飲んでいるらしく、空となったビール瓶がいくつかテーブルの上に転がっている。


「坂崎先生……。いろいろ意味がわからないんですが、どうしてここに?」

「どうしてって、お前たちの同伴だよ」

「同伴?」


 俺は首を捻る。

 そんなことは一言も聞いていないし、先生の姿だって今見るまでどこにもなかった。

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