布団の中で
「なかなかタフな一日だったな……」
俺は畳の上に敷かれた布団に寝そべりながら、天井を仰いだ。
肌着が明日、家に帰るまでになくならないか心配ではあるが、とりあえず今日の日程を終えることができたことに安堵する。
疲れはしたが、一方で、充足感も大きかった。
初めての友人との旅行。こんなにもお互い遠慮なく想いを発しあえるとは思わなかった。
麗奈も美里は全力でぶつかってきてくれた。
俺も全力だった。
二人をしっかりと見つめ、二人の想いを爆散という形で受け止め、そして、自身の想いを言葉にすることができた。
けれど、恋、というものに関してはやはりまだわからない。
麗奈のこれまで見たことのない一面を知れて嬉しくなった。
美里のイタズラなアプローチを受け、緊張と興奮が入り混じった。
どれもこれまでにない経験で、どれも二人との距離を詰めることに一役買ってくれた気がする。
なんだかんだ、旅館に着くころには、俺もこれまでにないほど自然と話し、笑えていた気がする。
けれど、この想いは恋に繋がるのだろうか。
恋をすると服が爆散しなくなるのに、俺の服はこれまで以上に景気よく爆散している気がする。
むしろ、エロスを摂取しすぎて、遠のいているのでは? と感じてしまうほどだ。
「明日もあるけど、恋わかるのかな?」
ぼんやりと、この旅の中で何かが変わりそうな予感はある。
でも、その何かがわからない。
掴めそうで掴めない。
「…ん、ねむ……」
漫然とした思考は、徐々に睡魔に流されていく。
とりあえず、夕食の時間まで少し睡眠をとろうかな。
まどろむ意識の中でそう思い、目を閉じた。
「……君? ……君?」
遠くから声が聞こえる。
誰だ?
「……ん君?」
七瀬先生?
七瀬先生なのか?
いや、違うな。七瀬先生じゃない。
この声はもっと俺にとって身近で大切で、それでいて……。
「蓮君?」
声に引っ張られるようにして、ようやく眼球までたどり着いた意識がくんと瞼をこじ開けた。
「あ、やっと起きたー。鍵締めないで寝てるなんて不用心だよ?」
右半身から腹部そして、下半身に感じる温もり。
すっと首を横に向けると、そこには美里の顔があった。
「がじがgじゃしgjヴぁおいrじあがい!」
声にならない声とはまさにこのこと。
俺は美里が俺の左半身に引っ付き、なおかつ、腕と足を体に絡めていることを理解する。
一瞬、振りほどこうとするが、しかし、鍛えに鍛えぬいてきた今の力で力任せにやってしまっては美里が怪我をしてしまう。
衝動と理性の狭間で俺はなんとか食いとどまった。
「ふふっ。蓮君、やっぱり優しいね」
俺の瞬時の判断を理解したらしい美里は、ふっとこちらの耳に息をかけるように声を発する。
「おん」
もちろん、瞬爆。
おそらく、これまでにない速さで爆散した。
だって、初めての友人との泊りがけの旅行、その宿泊室内でこんなことになるなんて。
想像を超えるシチュエーションに、俺は戸惑いと興奮を隠せない。
「あ、蓮君、興奮してくれてるんだ」
美里は俺の下を見て、嬉しそうに声を弾ませる。
「すまん……」
情けない。
「うん? 謝ることないよ。私は嬉しいし、そもそもそう言う目で見て欲しくてやってるわけだしね」
美里はニヤニヤとしつつも、どこか哀愁を帯びた潤みを瞳に宿らせる。
その中に映る俺は、こちらの気持ちの曖昧さを揶揄するように揺れていた。
「私さ、麗奈ちゃんと違ってずっと一緒に蓮君といたわけじゃないじゃん?」
「まあ、それはそう、だな」
え?
このまま話すの?
服着たら駄目な雰囲気?
肌同士が密着している部位に、じとりと汗が滲む。
「だからさ、私は麗奈ちゃんよりもだいぶ出遅れてるんだ。今日だって麗奈ちゃんは蓮君との過去に紐づけて話をしてて、蓮君も昔を思い返しながら柔らかな表情をしてた。でも、私には蓮君にそんな表情をさせることはきっとできない。だから、きっと君からの恋はすごく遠いと思うの」
きゅり、と美里は俺を強く抱きしめる。
「そんな、ことはないと思うぞ?」
「え?」
美里は微かに潤んだ目でこちらを見つめてくる。
「確かに美里が傍にいた時間は短いかもしれない。けれど、俺は君に支えられてきたんだ。同じ空間で何度も過ごし、同じ空気を吸い、そして、意識しあっていた。それは麗奈と同じなんだ。なにより、これまで人と距離を置いて来た俺だけれど、俺が見せてきた必死さが美里に届き、美里がそこまでの感情を抱いてくれていたことに感動している。なんというか、過去の自分が認められたような気がして」
「ふふっ。蓮君は本当に見ていた以上の優しさだなあ。つい卑屈になっちゃう私と違ってどこまでも眩しい。推してきて正解だったよ」
そう言うと、美里はそっと俺の胸におでこを当てる。
「私の人生はね、蓮君を見た日から、蓮君が全てだったの。それは今も変わらない。だからこそ、恋をしたことが凄く怖いの。ただの推しなら推しが誰に恋しても諦めがつくし、きっと蓮君の傍に誰がいても推し続けることができたと思う。けどね、恋してしまった今はそうじゃない。蓮君が私の心の中のさらにその奥にいて、ずっと、胸が締め付けられるの。もし蓮君が誰かのものになったら、きっと私の中にいる蓮君は消えちゃうの。それが麗奈ちゃんだったとしても……」
「美里……」
美里の体が微かに震えている。
俺は、できるだけ触れないように、でも少しだけ触れるように美里を包み込む。
「あ、はは。蓮君、ありがと。ごめんね、こんな湿っぽいこと言っちゃって」
美里は俺から少しだけ離れると、眼鏡をずらして目じりを拭う。
「でもだからこそ、覚悟しててね。私、全力でこの恋を獲りに行くから」
その瞳に宿る想い。
俺は思わず身震いする。
「もちろんだ。そのために、旅行に来たんだからな」
「て、あ、ごめん。蓮君、裸のままだったね」
するりと、これまでの密着が嘘のように、さらに俺から離れる美里。
どうやら美里も、俺が裸体な状態で繊細な話をするというなんとも言えないギャップに気づいたらしく、頬を赤らめる。
布団から抜け出し、正座をしつつ頬をパタパタと両の掌で仰ぐ。
俺も火照りに火照った体を布団から出したいが、無理だな。
と、ここで俺の腹が空気を読んだようにきゅるりと鳴った。
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ夕食会場に行かないと」
美里は部屋に置かれた時計を見る。
「そ、そうだな。服着るから先に行っててくれ」
「うん。麗奈ちゃんと先に行ってるね」
そこまで言うと、美里は部屋から出て行った。
俺も夕食時間に間に合うように、慌てて服を着て部屋を後にした。
「ん?」
部屋を出た際、廊下の曲がり角から視線を感じた気がした。
「気のせいかな……」
やや気になりつつも、俺は食事会場へと急いだ。




