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卑怯

 美里へのアタックを初めた翌週。

 今日も今日とて、俺と麗奈は美里にいつも通りに接している。

 昼休み。

 あの空き教室に行った美里を追いかけて、俺たちは昼ご飯を食べていた。


「美里、今日は卵焼きあるぞ」

「ポイン……セチア……ですか?」

「あ、私も今日は卵焼きあるよ。美里ちゃん、好きって聞いたから、作ってきたんだ」

「ポインセチア……です……か?」


 俺は先週と同じように、美里がポインセチアですかと言っても気にせず会話をする。

 今日は二人そろって卵焼きを弁当に忍ばせてきた。

 七瀬先生情報で、美里が卵焼きを好きらしいことを把握した。

 先週も、ちょこちょこ美里が好きそうなことやものを忍ばせて接してきたのだ。

 情報源があると助かる。

 ただ、気がかりはあった。

 先週は戸惑いの表情を見せ続けた美里だが、今日はどうにも様子が違う。

 伏し目がちでこちらを見ようとしてくれない。

 両の手も膝の上に乗せたまま、固く閉じられている。

 先週はこちらの言葉に反応するようにして、多様なイントネーションのポインセチアを発してくれたが、今日は地を這うようなポインセチアだけがこちらへと届けられる。

 俺は、美里の変化に焦りを覚える。

 このまま続けていてはいけないのではないか?

 そう本能が訴えかけてくる。

 しかし、それと同じくらい、今、美里との会話を止めてしまえば、美里がどこかに行ってしまいそうな気がして怖くなる。

 それは麗奈も同じのようで、やや表情に焦りを見せながらも会話を続けることしかできないようだ。

 だが、それの不安はすぐに現実のものとなる。


「……っておいてよ……」

「「え?」」

「ほっておいてよ! 私のことなんかほっておいて!」


 美里は立ち上がり叫んだ。

 その瞳からはぼろぼろと大粒の涙が落ち、強く机を打つ。


「美里……ちゃん?」

「美里……」


 美里の涙に、俺と麗奈は戸惑うことしかできない。


「ごめん……。二人の優しさが辛い。私のことなんか放っておいてほしい。私には二人から優しさをもらう資格なんてないの。ごめん……ごめんなさい……」


 そこまで言うと、美里は教室から出て行ってしまった。


「蓮、行こう。追いかけるよ」


 麗奈はすぐさま立ち上がり、こちらにも視線をくべる。


「け、けど……」

 俺は動けなかった。

 美里の涙を見て、叫びを聞いて、拒絶の言葉を受けて、追いかけて行って何を言えるのか。

 何ができるのか。

 わからなくて動けなかった。


「しっかりして!」

「っ!」


 麗奈は俺の背中を叩く。

 鋭い痛みが背中を走る。


「蓮は私が放っておいてって言ったら放っておく? おかないよね?」

「も、もちろんだ!」


 俺は麗奈をまっすぐに見つめる。


「じゃあ、美里ちゃんは? 大切じゃないの?」


 麗奈はきゅっと唇を結ぶ。

 それはきっと麗奈にとっても重い言葉だ。

 麗奈は俺を好いてくれている。

 そんな彼女にとって、俺の答えはきっと重いモノになるに違いない。

 恋、というものに俺の言葉が届いていなかったとしても、俺の美里に対する想いの重さに麗奈は辛くなるはず。

 誰からも距離を置いて来た俺が、誰かを大切だという言葉を、想いを発すること。

 その重さを麗奈は知っているはず。

 それでも、麗奈は俺の言葉を待ってくれている。

 すっと目を閉じた。

 俺の脳裏に過ぎったのは出会った頃の美里の言葉と表情。


―――私を見て!

 

 あの時、図書室で俺の心に届いた美里の言葉は嘘ではなかった。

 そして、そこから真っすぐに美里を見据え、紡いだ仲も偽りではなかったと感じる。

 そんな美里が俺から離れようとしている。

 俺たちに言えないことを抱えたままで。

 それならば、俺たちがすべきは美里を受け止めることだと思う。

 諦めない。

 ただ、それだけでいいんだ。

 俺は腹の底に力を入れ、ぐっと言葉を押し出す。


「美里も、麗奈と同じ、大切な存在だ」


 俺の答えを聞いて、麗奈はやや瞳を潤ませつつ小さく頷いてくれた。


「私も美里ちゃんのこと大好き」


 麗奈の声はどこまで澄んでいた。


「だって、美里ちゃんいなかったら、こうして蓮とも距離縮められなかったしね。昔のクールな蓮も好きだけど、今のどこか抜けてる蓮も好き。そんな蓮を見せてくれた美里ちゃんに恩くらいは返してもいいよね」

「いや、前と言ってること違うな」


 俺は笑う。

 麗奈も笑う。

 美里をその真ん中に据えながら、俺たちは笑顔を向け合う。


「よし、行こう。このまま終わらせるのは絶対に間違っている。美里が本当のことを話してくれるまで、俺たちはしつこく付きまとおう」

「言い方ウケるね。でも、きっとそう。私たちのことを思ってくれている美里ちゃんと同じくらい、私たちも想っていることを伝えなきゃ」


 俺は一度深呼吸をしてから、教室を飛び出した。



 私は卑怯だ。

 ここにきてまで、嫌いになってほしいと言えないなんて。

 自分のやったことを言わずに逃げるなんて。

 とことん卑怯だ。

 卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ卑怯だ!

 駆けていく校内。 

 転校してきてから二人と過ごした時間が至る所に存在している。

 それらを横目に、ううん、見ないようにしながら、私は二人からさらに離れていく。

 こんな私が一緒にいていいわけがない。

 こんな私も一緒にいていい人たちじゃない。

 どこかでわかっていた。

 だって、私は蓮君や麗奈ちゃんと会った時から卑怯だったんだから。

 校舎裏。

 二人から逃げ出した私の足は限界を迎え、自然と歩が止まる。

 ここまでくれば、そう思った。

 けれど、そんな私の想いとは裏腹に、二人の想いが声に乗って届く。

「美里!」

「美里ちゃん!」

 どうして……。

 どうして……。

 どうして……。

 私は二人の想いに惹かれるようにして、足を止め振り返る。

 振り返ってしまう。

 そこには、変わらぬ笑顔を向けてくれる二人がいた。

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