様子
「七瀬先生、ここ教えてー」
「うん、これはね……」
「先生すっごいいい匂いするんだけど、どのブランド使ってるの?」
「えー、特には使ってないかな」
「なんで先生になったの?」
「それは内緒」
「いや、なんでよ」
「あはは」
七瀬先生は圧倒的だった。
産休に入った先生の代わりに担任となった初日から、そのコミュ力と全てを優しく包み込むオーラで生徒の心をわしづかみにした。
休み時間にもなれば、先生の傍にはいつも生徒が集まり、まるで聖母のように誰しもを救う笑顔を見せ続けた。
まさに、先生になるべくしてなった。
そう言っても過言ではないと思う。
「ねね、美里ちゃん、先生って普段もあんな感じなの?」
「うーん、そうだね」
「七瀬先生がお姉ちゃんなんていいな」
「あはは、そうかも」
そして、そんなパーフェクトティーチャーの妹である美里にも、質問やら羨望の眼差しが向けられる。
「うぐう、七瀬先生恐るべし」
最初は七瀬先生に敵意丸出しだった麗奈も、先生のあまりの完璧な先生っぷりにただただたじろいでいる。
そして、俺はその傍で先生を見て、爆散する。
いや、もう無理だ。
原点にして頂点。
病気の発症要因となった存在が目の前にいるのだ。
爆散しないだろうか。いや、する。
もうこともなげに。
俺の抵抗する気力すら奪うように爆散するのだ。
しかし、驚くべきは先生のフォローアップだった。
俺が爆散するやいなや、目にも止まらぬ速さで移動し、俺に服を着せていくのだ。
ホームルーム、授業中、放課後、時と場所関係なく、先生は傍にいれば確実に爆散とともに服を着せてくれる。
おそらくその瞬間の先生を、クラスの誰一人として捕捉できていない。
あまりにも速いのだ。
爆散からの服着せ、そして元の位置に戻る、この動作をおそらくコンマ五秒未満で行っている。
捕捉できないがゆえに、皆、先生の動きの後に残る風しか観測できていない。
「クーラー入れて窓閉めてるのに、なんだか別枠で気持ちいい風くる」と俺のクラス内ではもっぱらの噂である。
あまりにも人智を超えた先生の力(?)。
先生になぜそんなことができるのかを詳しく聞くと「鍛錬を積んだの。服を圧倒的な速さで着せることができるようになる訓練を。筋肉の一つ一つ、どこを鍛え、どこを絞り、どこを稼働出せればいいか、ただそれを追求しただけ。先生として生徒を救うのは当然だからね」とのことだった。
鍛錬でいけるの?
もしかして、俺の鍛え方足りない?
病気への向き合い方、甘い?
そう思ってしまうほどの高みに先生はいた。
高み?
☆
「もう! これじゃあ、蓮を社会的孤立に追い込めないじゃん!」
麗奈は昼休みの屋上で叫んだ。
その叫びはどこに届くでもなく、夏の空に消えていった。
そのお返しにとばかりに、強さを増していく日差しが俺たちに降り注ぐ。
「いや、俺的には助かってるよ?」
本音。
正直、先生が来たときはどうしようかと思ったが、先生のあまりにも完璧なフォローアップに助けられている。
人智を超えすぎる動きには戸惑うけれど。
「なんかそれも嫌! 先生で爆散して、先生に着せてもらうなんてエッチ過ぎない? もはや不純異性交遊じゃない? そもそもここにきて、私たち以外で爆散するのなんかヤだ。浮気されてるみたいな気分になる」
麗奈はぷくりと頬を膨らませる。
いや、どんな理屈だよと思いはしたが、しかし二人の気持ちも知っているので、たしかに今の状況は良くないなとも思う。
「美里ちゃんも困るよね? このままじゃ勝負にならないし」
「え? え、えっと、あ、うん。そうかも、ね」
美里は鈍い返事をする。
その姿はここ最近、麗奈とバチバチにやり合っていた美里ではなかった。
最初は七瀬先生で爆散しないように鼻を摘まんだり、耳を摘まんだり、なぜか眉間を摘ままれたりと、なんかもうとにかく摘ままれていたが、それも今はなくなってしまった。
「美里ちゃん、どしたの? なんだかここ最近、大人しいと言うか、私を挑発してきたときみたいな勢いがないというか。どこか体調悪かったりする?」
麗奈も心配になったのか、顔を覗き込む。
「ううん。なんでもない、よ。ただ暑さにやられてるだけ」
麗奈、そして俺から顔を逸らしフェンス際へと離れていく。
そのまま美里は街へと視線を向ける。
「やっぱり、様子変だよね? もしかして、お姉ちゃんと仲悪いとかかな?」
「どうだろう。そんな感じでもなかったような気もするが」
俺と麗奈は声を落とし、美里の心配を口にする。
美里のいつもとは違う様子を見て思い起こされるのは、先生が来た日の二人の会話。
美里は勘違いじゃないかと言っていたが、確実に美里は転校当時、親の都合でと言っていた。
しかし、七瀬先生は美里が自分の意思で、しかも一人でここに来たと言っていた。
―――せっかく私一人の世界で
あの時の美里の言い方からして、七瀬先生から離れたかったようにも感じたけどどうなのだろう。
だが、そうだったとして俺が首を突っ込んでいいものなのだろうか。
姉妹の問題なら姉妹で解決すべきなのでは?
いやでも、俺に会いにとも言ってくれていた。
ということは、俺が絡んでもいるわけで……。
そう、考えを巡らせていると頬をつつかれた。
「もう! 私のことも見ててね。美里ちゃん心配するのはいいけど」
見ると麗奈は不服そうに頬を膨らませつつ、両の指先を胸の前でいじいじと絡めていた。
パーンと弾けた。
なんか、見たことのないいじらしさにエロスを感じてしまった。
不意打ちは駄目だ、麗奈。
麗奈は満足げに笑っていた。




