だからどうか
「本当にあの時は何もできずにごめんね」
学校近くのカフェ。
そこで俺と美里、麗奈、そして七瀬先生はテーブルを囲んでいる。
先生も来週から本格的にこちらでの仕事が始まるらしく、とりあえず放課後にお茶でもとなった。
「いえ、そんな。先生は教育実習生でしたし。それに今日、助けていただけましたし」
俺は今、目を麗奈に、鼻を美里に摘まれている。
そのため、取り込める先生情報は声だけだ。
しかし、声、本当に美里そっくりだな。
さすが姉妹だ。
「いや、なにこの状況!」
俺は叫んだ。
立ち上がりながら。
ちょ、二人とも全然離してくれない!
耳と目、痛い!
いや、麗奈はどうやって目、覆ってるの⁉
覆ってるだけなのに全然離れない!
接着剤みたいな強さあるんだけど⁉
あと美里も離して!
鼻骨折れちゃう!
そこは鍛えることできてないの!
しかし、そんな俺の願いも虚しく、二人の手が俺から離れることはない。
痛い。
「だって、七瀬先生、蓮の爆散の発症のきっかけになったんでしょ? 見たら蓮、服だけじゃなくて体とか諸々爆散しちゃうんじゃないかって心配で」
とても爆散によって社会的孤立に追い込もうとしてる麗奈のセリフじゃないな。
あと怖い。
想像の飛距離が怖い。
そう言われると、俺もそんな気がしてくるからやめて。
それに逆なんだ。
恋だとしたら爆散しないんだ。
とは、怖くて言えない俺。
「私は単に蓮君がお姉ちゃんで爆散するの見たくない」
ぎゅっとさらに鼻を強く摘まんでくる美里。
こちらはシンプルに痛い。
鼻骨、だいじょぶそ?
「蓮君、愛されてるね」
見えないが、七瀬先生の声には暖かさが乗っている。
きっと笑顔なのだろう。
いや、これ愛されてるのかな?
俺、ずっと痛いです、先生。
これなら先生見て爆散した方がいいのではレベルで痛み増してきている。
「それにしても、蓮君。素敵な男の子になったね」
「え?」
「病気と闘いながらも、しっかりと生きて来たことがわかる顔してる」
「先生……」
改めての感動が心に訪れる。
幼いがゆえに、先生を大きく見ていたのかもしれないと思ったりもしたが、やはり先生はあの時の先生のままだ。
いや、むしろ先生としての経験を積み重ねたがゆえに、言葉に重さがある。
うん、ここは二人に感謝だな。
感覚の制限と痛みのおかげで、先生の言葉をしっかりと受け止めることができている。
痛いけど。
ちぎれてそうなくらい痛いけど。
ちぎれてないよね?
怖い。
「それでお姉ちゃんはいつ帰るの?」
「もう、美里ちゃん酷い。せっかく教え子との再会に感動しているのに」
「いつ帰るの?」
「帰るのって、先生の産休が終わるまでは少なくともこっちにいるよ?」
「はあ……。なんでこんなことに……」
「美里、怒ってるのか?」
俺は視覚と嗅覚が遮断されたがゆえに、妙に聴覚が冴えている。
俺の鼓膜を揺らす美里の声には微かに怒気が乗っている気がする。
「そりゃ怒るよ。だって、お姉ちゃん、私に内緒で来たんだよ? しかも、担任になって」
ぎゅりっと、さらに俺の鼻をつまむ手に力が入る。
痛みの上振れすごい!
まだ上があるんだ!
痛い!
「でも、美里のことを心配してのことだし、気持ちはわからなくもないが」
「だけど、私は嫌なの! 早くに帰ってほしいの!」
「ん? そう言えば、美里ちゃん、確か両親の都合でこっちに来たって言ってたよね? でも、さっき急に転校したって言ってなかった? あ、聞き間違いならごめんだけど」
一瞬、俺の鼻をつまむ美里の手が震える。
「あー、えっとそんなこと言ってたっけ? 聞き間違いじゃないかな? それよりも今日は解散。解散しよ。はい、お姉ちゃんも立って」
そうまくしたてる美里に追われるように、俺たちはカフェを出て帰路に着くことになった。
☆
「予定外だよぉ……」
私は一人で住んでいるアパートに帰り、ベッドに突っ伏した。
お姉ちゃんがこちらに来ているなんて、聞いてない。
そのまま、体を縮め、背中を丸めていく。
曲げた膝に浅く唇を当て、目を閉じる。
昔はこの体勢が好きだった。
自分の存在を小さくして、世界から消えてしまえるような気がして好きだった。
ふと、ベッドの傍に置いた姿見に目を向ける。そこには今の私が映っているはずなのに、その輪郭が揺れる。
まるで、昔の私が滲みだしてくるかのように、輪郭がぶれていく。
その私の後ろでお姉ちゃんが笑っているように思えた。
「……っ!」
怖くて私は思わず膝に目まで埋もれさせる。
蓮君蓮君蓮君蓮君蓮君蓮君蓮君蓮君。
お姉ちゃんを通して、あのことがバレたらどうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
嫌われたくない。
嫌われたくないよ。
ああ、どうか、バレませんように。
せめて、バレませんように。
私は、蓮君と結ばれなくてもいい。
恋人になれなくてもいい。
麗奈ちゃんと違って、私はそうじゃないから。
だけれど、せめて二人の恋が成就して、私の居場所が自然となくなるまでは一緒にいたい。
傍で蓮君を見ていたい。
傍で蓮君を想っていたい。
傍で蓮君の生を感じていたい。
だからどうか、私の矮小で、どうしようもなくみっともない秘密がバレませんようにと、願った。




