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七瀬璃々

「君は自分の境遇ゆえに、むしろ、他の人以上に他者を見てきたはずだ。何より自分から他者に近づけない中で、それでも君に惹かれていく人たちをどのようにして傷つけないか、どのように向き合っていくべきかを考えてきただろう? そんな君が恋をできないはずがない」

「そう、なんですかね?」

「そうさ。君はもっと自分に自信を持つべきだ。君が重ねてきたモノはトロフィーや賞状、外面だけじゃない。むしろ、厳しい境遇の中で、これほど他者のことを考えることのできる君の内面性にこそ、私は価値を見出しているよ」

「なんだか、ありがとうございます」


 長年、俺に寄り添ってくれて来た先生の言葉に、俺の心はほだされていく。

 本当に、素敵な先生だ。


「ん? でも、恋をすると爆散しなくなるということは」


 俺はここで一つの可能性にたどり着く。


「俺の中で恋が芽生えた瞬間が、周囲にもバレるってことですか?」

「そういうことになるな」


 先生は力強く頷いた。

 いや、それはそれで困るような。

 これまで恋というものに縁遠い人生だったのに、急に恋バレ可能性出るのはなかなかな試練。

 でも、それはそれで俺にとってもわかりやすいから助かるような。

 いやでも……。


「大丈夫だ。恋をすると爆散が収まるという事実はまだ公になっていない。だが、来月の医学雑誌に載る予定らしい。書いた奴が実は研修医時代からの友人でね。おそらくそこからは情報が一気に拡散されるだろう。それまでに、ケリをつけることができれば、その心配はなくなる、わけではないが、恋の瞬間を気づかれることはないだろうな」


 来月か。 

 それまでに。

 いやそもそも、このまま恋をできずにその事実が広まってしまえば、逆に二人を傷つけてしまう可能性もある。

 それは避けたい。

 かと言って、無理に恋というものを掴もうとするのもなんだか違うよな。


「ほら、眉間に皺が寄っているぞ」

「あ、すみません」


 俺は眉間を人差し指でほぐす。


「そこまで難しく考えることはないさ。君が恋をできなかったとしても、それは今はまだ、というだけだ。むしろ、私としては、恋をすることで爆散が収まるという一つの希望を君が知ってくれたことが重要なんだ」

「そうかもしれないですね」


 それは確かにそうだ。

 爆散に苛まれてきた俺の人生において、初めて降り注いできた希望。

 それが、自分だけでどうにもならないものだとしても、それでも希望であることには変わりはない。

 だが、やはりどうすれば恋をすることができるのか。

 恋というものを得ることができるのか。

 希望と同時に不安は募る。

 そんな矛盾する感情を抱えることになった先生との面談の翌日。

 想定しえなかった事態が生じることになる。

 朝、ここ最近では定番になった麗奈・美里からの爆散アタックを受けつつ、学校に着いた俺。

 二人のあまりにも苛烈な爆散争いゆえに、むしろ恋をすると爆散しなくなると伝えた方がいいのでは? と考えし始めてしまった朝。

 少しだけ疲労を滲ませた俺の目の前で、教室に入ってきた先生が声高らかに宣言する。


「えー、先生、来週から産休に入ります」


 先生が産休。

 そんなにお腹が膨らんでいなかったから気づかなかったな。

 妊娠されていたのか。


「つわりも全然なかったし、もっと働きたかったんだけど、うちの夫が心配症で。もう産休に入ろうってしつこくて」


 先生は少し困ったような、それでいて、そこに滲む夫からの気遣いに嬉しそうな表情を浮かべる。

 うん、先生が幸せならいいことだ。


「じゃあ、誰か代わりの人が担任になるんですか?」


 クラスから疑問が上がる。

 当然の質問だ。

 皆が皆、少しだけソワソワしつつ先生の回答を待つ。


「そうそう。実は新しい先生が来てくれることになってます」


 先生はちらりとドアの方を見る。

 すると、カラリとドアが開き、一人の女性が入ってきた。


「実は今日、代わりの先生が挨拶にと来てくれました」


 ドアから入ってきた女性教師。

 背はすらりと高く、その肩ほどで切りそろえられた黒髪は凛とした姿勢と同じように、シャキリと揺れる。

 カツカツと低めのヒールが弾く床は、心地よさすら感じているように思える。

 そして、そのまま庚先生の横へとたどり着くと、こちらへと向きを変える。


「七瀬璃々と言います。先生の代わりがどこまで勤まるかわかりませんが、精いっぱい頑張ります」


 瞳一杯に溜め込まれた光が、クラスへと届けられる。

 白い肌に映える溌剌とした笑顔は、皆の心を一瞬で掴んだようで、皆が皆、目を離せないでいる。

 もちろん、俺も。

 全身が総毛立つのがわかった。

 ゾワゾワとした感覚が思い出の底から這い出てきて、俺の全身を内側から刺激する。


「七瀬……先生」


 そう、俺の目の前に現れたのは、七瀬先生だった。

 あの時、微かにあった幼さは消え、先生として歴を積んできたことがわかる自信と、それを元にした余裕とが相まって、より一層先生らしさを増していた。

 その姿に感動すら覚える。

 だが、それも一瞬で過ぎ去り、俺の中に去来するは圧倒的な過去とエロス。

 まるでスローモーションのように、俺の中に広がっていた過去があっという間にエロスへと変換されていく。

 先生、たぶんまだ矯正下着をしている。

 明らかに、体のラインが大人しい。

 あの時見た、爆裂タイフーンのようなそれではない。


―――成長した精神を有する俺なら爆散をしないのではないか?

 

 そんな自信の仮面を被った考えが、コンマ数秒の間に脳内を過ぎる。

 しかし、そんな考えなど意味をなさないほどに、エロスが暴れ回り始める。

 いや、無理無理無理無理無理無理無理無理!

 そして、あっけなく爆散する俺の服。

 しかも、全着衣余すことなく。

 もはや最初から存在していなかったのでは? と思ってしまうほど跡形もなく消えてしまった。

 わきの下を、腹を、股下を夏に近いのに、肌寒い風が駆け抜けていく。

 終わった。

 教室で全裸。

 さすがの俺も全裸を誤魔化すことはできない。

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