悪い気はしないから
「れ、麗奈」
麗奈とのデート翌日の朝。
教室に入った俺は、麗奈を見かけてすぐに声をかけた。
しかし、俺の声が届くとすぐに彼女は席を立ち、教室を出て行く。
周囲のクラスメイトはその光景を見て、ひそひそと声を潜めて、でも視線はこちらに向けて話をする。
「はあ……」
やはりだめか。
追いかけることができなかった俺だけれど、何か麗奈に伝えなければいけないと思い、電話を何度かしたが折り返しはなかった。
なら直接話そうと思い、今日の朝迎えに行ったが、既に麗奈は学校に行ったあとだった。
麗奈が傍にいない。
それだけで俺の心は大きく軋んだ。
あまりにも当たり前に、いや、彼女は俺が知らないところで気を使い、苦心しながら俺の傍にいてくれた。
そんな麗奈が傍にいないだけで、俺は息ができなくなりそうだった。
その後も、何度か麗奈に話しかけたが、悉く無視をされ続けた。
そのまま数日が過ぎ、一週間、二週間と残酷なまでに時間はこともなげに流れていく。
俺を置き去りにするように。
このまま麗奈はもう俺から離れて行ってしまうのではないか、という恐怖に駆られ始めた。
いや、俺のせいなのだから、身勝手極まりない感情だけれど、それでも麗奈が傍にいないことが辛かった。
怖かった。
心細かった。
「蓮君、何かあったの?」
昼休み。
屋上フェンスに背中を預けながら、これからどうすべきかを考えていた俺の元に、美里の声が届く。
視線を屋上の入り口に向けると、夏に入りかけた日差しを軽やかに弾く彼女が、こちらに向けて微笑んでいた。
「あー、いや、なにも……」
俺が言い淀んでいると、美里は俺の傍に来て、横に腰を下ろした。
「えっとね、最近麗奈ちゃんと何があったんだよね? それで蓮君、悩んでるんだよね? あ、もちろん、二人のことだから私が首突っ込むのはおかしいのかもしれないけど、それでも何か力になれることないかなって思って」
少しだけ遠慮がちに提案をしてくれた美里。
その気持ちだけで俺の心は救われる。
「ありがとな。でも、大丈夫だ。これは俺と麗奈の問題だから」
「私じゃ、頼りにならないよね」
「え?」
「まだ二人と出会って日も浅いし、ずっと一緒にいた蓮君と麗奈ちゃんの仲をどうにかしようなんておかしな話だし」
「そんなことは、ない」
俺は首を振る。
「でもね、二人の仲をどうにかすることはできないかもだけど、蓮君と一緒に麗奈ちゃんを笑顔にしたいなっては思うの。麗奈ちゃんが変わったのって、たぶんだけど蓮君のためだよね? そこで何かあって、今関係がこじれてるんだよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
俺は素直に疑問を持つ。
美里に何かを話したわけじゃないのに、彼女はさも当然のように麗奈の変化の要因を当ててしまった。
「ふふ。女の子が変わりたいって思うのは、大切な人のためであることが多いの」
「そう、なのか。……実は、美里の言った通りなんだ。麗奈は俺のために変わってくれたのに、俺が麗奈の想いを蔑ろにしてしまった。あんなにもまっすぐに麗奈はこちらと向き合ってくれていたのに。一体どうすればいいか……」
思い出されるは麗奈の涙。
俺は胸に走る身勝手な痛みを誤魔化すように、胸元を強く掴んだ。
「蓮君なら大丈夫だよ」
美里は力を込めた俺の手を自身の両の掌で包み込んでくれた。
こちらの目をしっかりと見つめながら。
その真っすぐな目と言葉に、俺の記憶の琴線が揺れる。
きゅりっと心が締め付けられる。
何か大事なことを忘れてしまっている。
いや、それとはまた違うけれど、何かを見落としてしまっているような……。
「蓮君?」
「あ、いや、なんでもない」
俺はかぶりを振る。
病気になってから女の子ときちんと接したのは麗奈しかいない。
一瞬、美里と昔会ったことがあるかもしれないと思ったが、それは勘違いだろう。美里に七瀬先生が被っているんだ。
それを今伝えてどうする。
「俺はどうすればいいと思う?」
「うーん、きっと麗奈ちゃんだって蓮君とまたきちんと話したいと思うんだ。だからさ、話してよ。何があったか。私も力になりたいの」
美里は優しさを携えた微笑みを崩さない。
「この話は、もしかするとだが、美里も傷つくかもしれない。それでもいいか?」
俺はまっすぐに美里を見つめる。
麗奈もこちらの想いを正面から受け止めるように、真っすぐに見てくれる。
「大丈夫。私に話して。二人が仲違いしてるのは、私、やだもん。また三人でボルダリングしたいし。二人ともほら、筋がいいからきっともっとうまくなれるよ」
「ありがとう」
俺は美里にゆっくりと話した。
自分の病気のこと。
麗奈が密かに自分を支えてくれていたこと。
そして、美里の姉である七瀬先生が発症のきっかけで、七瀬先生の影を美里に重ねてしまい爆散が激しくなっていること。
俺がその状況にうまく対処できないことに、麗奈が想い違いをしてしまったこと。
麗奈のアプローチを受けて、俺のとった行動が麗奈を傷つけたこと。
そして、俺が病気ゆえに人との距離、そして、自分の人に対する想いを測りかねていること。
全てを話した。
美里は俺から目を離さずに、何度も頷きながら話を最後まで聞いてくれた。
「話してくれてありがとね。まさか、お姉ちゃんが関わっていたなんて、あの人も罪深いなぁ」
美里は頬を掻きながら苦笑いをする。
「すまない。美里から自分を見てほしいと言われたのに、この体たらく。情けない」
「ううん。気にしないで。蓮君が悩んできたことはわかったから。大変だったね。ていうか、私もごめんね。期せずして、蓮君の服破いてたみたいで。その、すごく大変な病気なんだね。服、破れちゃうんだね。その、エロ、エエエエエエエエエ……」
「む、無理して言わなくていいぞ!」
「あ、ありがと……!」
美里は自身のエロスが俺の服を破くと言う事実に、恥ずかしさを覚えたのか、顔を赤らめながら手で顔を仰ぐ。
俺はその様子にエロスを感じてしまうが、麗奈の事もあり、爆散には至らなかった。
ここで爆散なんてしたら、麗奈に申し訳が立たない。
「もし嫌だったら言ってくれ。美里と会うときは楔帷子を着る」
「大丈夫。その、悪い気はしないから。蓮君の服が爆散するのは」
「うん?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、早速放課後、麗奈ちゃんに突撃しよ!」
「放課後? お、おう?」
美里は勢いよく立ち上がり、両の拳を胸の前で握り締める。
頼もしい声と勢いに、俺は思わず七瀬先生の影を見る。
いや、だから重ねたら駄目だろ。
しかし、この一瞬で何か作戦を思いついたのだろうか?
すごいな、美里は。




