第110話「レイとエリス」
「悪かった。安全を保障すると約束したのに危険な目に合わせてしまった」
「...そんなの...全然いいよ。ちゃんと助けてくれたし」
エリスは目を伏せてそう答える。色々なことが起こり頭が混乱しているのか、今のエリスの感情はかなり複雑なようだ。
「どうしてあんな状況になっていたんだ?」
エリスを人質に取らせるこの展開はオレ自身が仕組んだものだったが、本来オレは何も知らない立場だ。あの状況を疑問に思うのは当然だろう。
「あたしがあの人達を裏切ってキミに協力してるのがバレてたんだ。それで、あの人達はあたしとキミが仲がいいって勘違いしてて、あたしを人質にすればキミが抵抗できないと思ったみたい」
「そうだったか。悪かったな」
「だからいいって。キミは悪くないよ。裏切りがバレたのはあたしのミスだし」
エリスは自身のミスで裏切りがバレたと思っているようだ。オレが情報を流した事など分かるはずもないため、そう考えるのが普通の思考だろう。
「ところで、何故すぐにオレを呼ばなかった。奴らが現れた時点でオレを呼べば、あれほど危険な目には合わなかったはずだ」
「それは...。...呼んでも...どうせ助からないと思ったから」
「オレが奴らに負けるとでも思っていたのか?」
「それも少しあるけど...そうじゃなくて...」
言いにくいことなのか、エリスは口ごもる。
「何だ。はっきり言え」
「...。...キミはあたしが人質になってても無視すると思ってたの」
「つまり、オレの事が信用できなかったと」
エリスはリダンに対しての認識を改め始めてはいたが、流石にあの場面でリダンを信用するまでには至らなかったようだ。
「うん...まあ...そういう事かな。ごめん...」
「なぜ謝る?」
「だって...キミはちゃんとあたしを助けてくれたのに、あたしはキミを信じられなかったから...」
「そんなことは気にするな。結果的に全て上手くいったしな」
「...ありがと。今日のキミは優しいね...」
エリスは少し柔らかな表情を見せる。
「フィフスの恐怖から解放された気分はどうだ?」
「...よくわかんない。ここにいるのは半分くらいだから、まだ完全に開放されたわけじゃないし」
「そうか。だが安心しろ。ここにいない奴らが襲ってきたとしても、またオレがなんとかしてやる」
「...ホント?」
「フィフスだけじゃない。今後貴様に何が襲い掛かってきたとしても、オレが守ると約束しよう。貴様はもう、強い力によって理不尽に居場所を奪われる恐怖に怯える必要はない。オレが貴様に安寧の居場所を用意してやる」
「...ホントに、あたしを守ってくれるの?」
「ああ」
「...あたしはもう怯えなくていいの?」
「ああ」
「...あたしの幸せはもう誰にも奪われないの?」
「ああ」
エリスの言葉を、オレは強く肯定する。
「...」
エリスの頬にその心が伝う。
「あ...れ...?何...これ?...なんであたし...泣いてるんだろ...?」
そんなエリスに対してオレはどんな反応をすればいいのか分からなかったが、ふと昔施設で読んだ小説のワンシーンを思い出した。
その小説ではこんなことを言っていた。泣いている女の子には寄り添ってあげなさいと。
オレはその教えに従い、エリスとの距離を詰めてその頭に優しく手を置く。
「これまで、辛かっただろう」
「...。...うん。あたし...ずっと...ずっと辛かった...!家族から冷たくされて、姉さん達には虐められて、幸せを奪われて...!姉さん達がいなくなったと思ったら今度はフィフスに捕まって...!やっとの思いでフィフスから逃げ出しても、どうせまた誰か別の人があたしの幸せを奪いに来るんじゃないかって...怖かった。あたしがどれだけの幸せを手に入れても、自分勝手な人の気分一つで簡単に奪われるって...そんな風に思って...苦しかった...!」
エリスの叫びが広い平原に響き渡る。その溢れ出る感情を、オレは全身で噛みしめた。
それからひとしきりオレの胸で泣いたエリスは、ようやく落ち着くと一歩下がってオレを見つめる。
「ごめんね。みっともないところ見せちゃって」
「構わん」
「...。...ねぇ、ちょっと変なこと聞いていい?」
「何だ?」
エリスは泣きはらした目で真剣な表情を見せる。
「キミって...本当にリダン君なの?」
「どういう意味だ?」
「どうしてもさ、初めて見た時のキミと今のキミが同じ人だとは思えないんだよね」
「それはあの時のオレを貴様が誤解してただけだ。それに、オレだって多少は変わる」
「最初はそう思ったけど、この違和感はあたしが誤解してたとかこの数ヵ月で変わったとかそういうものじゃない気がするんだ。...もしかして今のキミは、最初に見たリダン君とは別人なんじゃないかな?文字通りの意味でね」
「荒唐無稽な話だな」
「だよね。けどさ、そう考えるといくつか腑に落ちたこともあるんだよね」
「腑に落ちたこと?」
「キミってさ、日によって全然機嫌が違うっていうか、優しい日もあれば怖い日もあったりして、何考えてるのか全く分からなかったんだよね。前は単にそう言う人なのかと思ってたけど、今のキミがリダン君とは別人だって考えたら合点がいったよ。怖い日のキミがリダン君で、優しい日のキミが今のキミなんじゃないかって」
オレとリダンの差が一番大きかったのはエリスの前だろう。まるで別人のように思えても不思議ではない。
「それとさ、初めてキミに声をかけた日、一緒に図書館に行ったでしょ?その時さ、キミが目で追ってた本の中に二重人格についての本があった気がするんだよね」
あの時は確かにオレは二重人格について記された書物を探していた。だが、もちろんエリスの前で手に取った覚えはない。無理に隠そうとしていたわけではないので多少視線を向けていた可能性はあるが、それに気づいていたのだとしたらエリスの観察眼が流石という他ないな。あの時近づいた理由はリダンについての情報収集が目的だったようだし、かなり集中して目を光らせていたのかもしれない。
「なるほどな。それでオレが二重人格かもしれないと思ったわけか」
少し飛躍している気もするが、疑念を持つには十分な要素だな。
「うん。それで...どうなの?」
「...」
エリスの持つ要素はどれも決定的なものではない。否定する要素を挙げようと思えばいくらでも挙げられる。
だが、エリスがこの疑念を持ったことで新しい道筋が見え始めている。大きなリスクを孕む道筋だが、そちらに舵を切るのも悪くないかもしれない。今のエリスが相手ならばきっと上手くいく。
「...。貴様の...いや、お前の言う通りオレはリダンじゃない」
「本当に...そうなんだね」
「オレとリダンは意識を失うと人格が入れ替わるようになってる。だからお前が感じたように日によって人格が変わる。昨日はリダン、今日はオレといった具合にな」
「そっか。そういうことか。うん、引っかかってたものが色々と解決したよ」
エリスは満足気にうんうんと首を振る。
「ねぇ、キミって名前とかあるの?」
「ああ。オレの名前はレイだ」
「これからよろしくね、レイ。それと、改めてありがと」
「こっちこそよろしく頼む。エリス」
エリスが右手をこちらに出す。オレがそれに応じると、エリスはこれまでで一番の笑顔を見せてくれた。これはきっと演技ではなく、本心からの笑顔だ。
少し想定外もあったが、結果としては上々。
今回、四日前にエリスに接触した時点でオレには二つの目的があった。
一つはシンプルに、エリスとの関係の決着。結果として、フィフスのおかげでエリスに踏み込み、感情を揺さぶり、その心を味方につけることができた。
そしてもう一つの目的。それは、強さに対する恐怖について実験することだ。リダンにまとわりつく悪感情を改善するためには、強さと恐怖という要素は絶対に無視できない。
オレはこの答えを先日のイヴとの一件に見出した。あの一件で、イヴはリダンの強さへの恐怖を払拭したからだ。
だからそれを確かめるテストケースとして、イヴの一件を再現することにした。フィフスにエリスを人質に取らせ、オレは身を挺してそれを救う役を演出した。
結果として、力を見せたオレに対しエリスは恐怖を感じていないし、なんならリダンについてもそれはほとんど同様だ。
まだデータが少ないため結論を出すことはできないが、この結果からなんとなくの仮説は立つ。今後の身の振り方はこれも考慮していきたい。
まあ、今回の一番の収穫はやはりエリスを味方にできたことだろう。エリス・ミューラーは使える。今後はオレの目的のための良い手駒となってくれるはずだ。
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