第4話:黒鉄(くろがね)学園、襲来
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前回、紬の部屋での秘密の特訓中、凛の口から「黒鉄学園」の不穏な噂が語られました。
今回、ついにその黒鉄学園の女子卓球部が、翠ヶ丘高校の体育館へと乗り込んできます。
男子顔負けのパワーを誇る強豪女子部の圧倒的な威圧感、そして彼らの横暴な態度に、翠ヶ丘の女子卓球部は……。
それでは、第4話をお楽しみください!
「おいおい、なんだよこれ。相変わらず狭くて、おまけに冷暖房もケチったボロい体育館だな」
放課後の第2体育館。
静まり返った空間に、土足同然の勢いで踏み込んできた不躾な声が響き渡った。
そこに現れたのは、漆黒のジャージの胸元に金色の刺繍で『黒鉄』と刻まれた集団――県内卓球界の絶対王者、黒鉄学園の女子卓球部員たちだった。
全員が女子高校生とは思えないほど鍛え上げられた強靭なガタイを誇り、放つ威圧感だけで、元から体育館にいた翠ヶ丘高校の女子部員たちは一歩、また一歩と後ずさりしてしまう。
「こ、黒鉄学園の皆さん、本日は合同練習よろしくお願いし、ます……」
翠ヶ丘の女子卓球部の副部長が、緊張で声を震わせながら頭を下げた。
しかし、黒鉄の女子部員たちはまともに挨拶を返すことすらせず、当然のように体育館の最も良い位置にある中央の卓球台へと歩を進め、自分たちの重そうな荷物を乱雑に放り投げた。
正式な練習相手兼エスコート役として、その集団の中心に一人の男子生徒がニヤニヤしながら混ざっていた。
ツンツンと尖った黒髪に、どこか他人を小馬鹿にしたような三白眼。
彼こそが、中学全国ベスト4の実績を引っ提げて黒鉄学園に入学した、あの傲慢な1年男子エース――荒金だった。
「チッ、台のメンテナンスも最悪だな。おい、お前ら。うちの女子の先輩たちが使うから、そっちの奥の台も全部ネット外してワックスかけとけよ」
荒金は黒鉄の女子先輩たちの威光を背に、翠ヶ丘の部員たちを顎で使いながら自分のラケットを取り出した。
その傍若無人な態度に、翠ヶ丘の女子部員たちは悔しさに唇を噛み締めながらも、実力差と威圧感に気圧されて、言われるがままに動き出してしまう。
(あーあ、やっぱり始まったよ……)
私は体育館の最も薄暗い隅っこのコートで、古ぼけたプラスチックの籠を抱えながら、静かに息を潜めていた。
部内最下位の地味子・星野紬としての、いつもの「完璧な球拾いモード」だ。
目立たず、騒がず、ただの空気としてここにいれば、嵐は勝手に過ぎ去っていくはず。そう自分に言い聞せる。
しかし、私のすぐ隣から、今にも爆発しそうなほどの凄まじい殺気が放たれていた。
「……あのクソガキども、マジで一発ぶん殴っていいかしら」
低く、地を這うような声で呟いたのは、一ノ瀬凛だった。
金髪混じりの髪をバサリと揺らし、ラケットを握る右手に青筋を立てて黒鉄の集団を睨みつけている。
大切な部活や仲間を公然と踏みにじられて、我慢ができるようなタマじゃない。
「ダメだよ凛、落ち着いて。あっちの監督さんも見てるし、問題になったら部活停止になっちゃうから」
「だって紬、あんたアレが見てて何とも思わないわけ!? うちの先輩たちをパシリ扱いして……っ!」
凛が抑えきれない怒りを爆発させようとした、その時だった。
コン、コン、と荒金がラケットの面で軽快にピンポン球を弾きながら、黒鉄の女子エースを引き連れて、私たちのいる隅のコートへと退屈そうに歩み寄ってきた。
その目が、翠ヶ丘のエースである凛のユニフォームを捉える。
「あぁ? お前が翠ヶ丘の一ノ瀬だっけ。一ノ瀬凛。一応、1年でインターハイ出たんだってな。どんな凄い卓球すんのかと思えば……なんだよ、その細い腕。うちの黒鉄の女子先輩たちを見てみろよ。毎日の猛特訓で、男子顔負けの強烈なパワー卓球を磨いてるんだ。そんな本物の強豪に比べたら、お前ら翠ヶ丘の卓球なんて、本当にただのお遊びのオワコン女子卓球部なんだよ。おままごとやってんじゃねえよ」
荒金の冷徹な言葉に合わせて、後ろに立つ黒鉄の女子部員たちも「ふん、これがインターハイ選手? 呆れた」とクスクスと下劣に笑い声を上げる。
本物の女子強豪校としての圧倒的なパワー基準を目の前に突きつけられたことで、翠ヶ丘の部員たちは反論の言葉を失い、完全に俯いてしまった。
「おままごと……?」
凛の声が、怒りで微かに震える。
「そうだよ」
荒金はラケットを肩に担ぎ、さらに言葉を重ねた。
「なんかお前ら、同じ女子部に蒼ヶ溪高校とかいうライバルがいて、100年の歴史がどうの因縁がどうのって、大層な身内ネタで盛り上がってるらしいじゃん。マジで笑えるわ。戦時中には暗黒時代があって卓球ができなかっただの、防空壕でラリーしただの、年寄りの昔話をいつまで引きずってんだよ。今の卓球はな、圧倒的なパワーとスピード。それを持たないお前らの歴史なんて、ただの弱者の言い訳なんだよ」
荒金と黒鉄の女子たちはそう言い捨てると、つまらなそうに背を向けた。
「おい、黒鉄。今すぐその言葉、撤回しなさいよ……!」
凛がラケットを強く握りしめ、今にも飛びかからんばかりに彼らの背中に怒声を浴びせる。
完全に、翠ヶ丘の女子卓球部は恥をかかされ、笑い者にされていた。
背を向けた黒鉄の姿を見つめながら。
私の胸の奥で、カチリ、と何かが冷たく冷え切っていく音がした。
(お遊びのオワコン女子卓球部、ね……)
戦時中。ラケットを握るだけで非国民と罵られ、道具をすべて没収され、それでも卓球の火を消さないために、防空壕の地下で泥にまみれながら、命がけでラリーを繋いだ先祖たちの暗黒時代。
おじいちゃんが命を懸けて守り、私に授けてくれた、100年の絶対防御の結晶。
それを、何も知らない奴らに「おままごと」と足蹴にされる筋合いは、天地がひっくり返っても存在しない。
外の世界に流されないよう、私は抱えていたプラスチックの籠をそっと床に置いた。
俯いて震えている先輩たちの背中を、地味な前髪の奥から静かに見つめる。
いつもなら、ここでヘラヘラと笑って受け流すのが、私の地味子としての処世術だった。
だけど、今日だけは。
この胸の奥で静かに燃え盛る黒い炎を、どうしても消し去ることができなかった。
「……凛」
「何よ紬! あんたまで私を止めるつもり――」
「ううん、止めないよ」
私は一歩、体育館の光の当たる場所へと足を踏み出した。
「凛、明日。ちょっと面白い試合、組めそう?」
私の声のあまりの冷たさと、そこに宿る圧倒的なまでの圧に、隣にいた凛がハッと息を呑んで目を見開いた。
地味子・星野紬の皮が、内側からバリバリと音を立てて剥がれ落ちていくのを、凛だけが特等席で目撃していた。
(第4話 了)
第4話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに襲来した黒鉄学園。圧倒的なパワーを誇る黒鉄の女子卓球部員たちと、翠ヶ丘を「お遊びのオワコン女子卓球部」と切り捨てる生意気な1年男子エース・荒金。
戦時中の暗黒時代から続く100年の歴史すら「おままごと」と侮辱されたことで、普段は絶対に実力を隠す紬の静かな「逆鱗」に触れました。
次回、翠ヶ丘の仲間たちがさらに黒鉄のパワードライブに圧倒される中、物語は急展開へ。怒れる隠れ最強カットマンの反撃の仕込みが始まります!
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