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第2話:天才ギャル、プライドを捨てて地味子の家に転がり込んでくる

お読みいただきありがとうございます!

不定期更新の著者です

第1話で実力がバレてしまい、天才ギャルエースの一ノ瀬凛に目を付けられてしまいました。

今回は、宣言通り凛が本当に家に押しかけてくるお話です。

本作は【不定期】での更新となりますが、続きを楽しんでいただければ幸いです。

それでは、第2話をお送りします!

「本当に、ついてきちゃった……」

夕暮れ時の住宅街。私、星野紬(ほしの つむぎ)は、自分のアパートの前に立ちながら深いため息をついた。

隣を見れば、ブレザーのボタンを外して短いスカートをなびかせた金髪ウェーブのギャル――一ノ瀬凛(いちのせ りん)が、フンと鳴らして胸を張っている。

「当たり前でしょ。一ノ瀬凛に二言はないの。あんたのあのエグい超回転をブチ抜くその日まで、私は絶対に諦めないんだから」

どうしてこうなった。

放課後の体育館で、部内最下位のカットマン(のフリをしている私)が、インターハイ出場の天才エースをボコボコにしてしまった結果、なぜかストーカーじみた弟子入りを志願されてしまった。

断ろうにも、「住所教えないなら校内放送でバラす」と脅され、泣く泣く家まで連れてくる羽目になったのだ。

「……狭いし、何もないからね。あと、本当に卓球の秘密なんてないから」

「いいから開けなさいよ。怪しい隠し部屋でもあるんじゃないの?」

凛の鋭い視線に冷や汗を流しながら、鍵を開けて古いドアを押し開ける。

私が暮らしているのは、家賃の安い築三十年の古いワンルームだ。

ガラリ、と部屋に入った瞬間、凛は金切声を上げて目を丸くした。

「はぁ!? ちょっと、何これ、頭おかしいんじゃないの!?」

「だから何もないって言ったじゃん……あ」

自分で言って、すぐに気がついた。

我が家のリビングには、普通の高校生が絶対に置かない『異物』が君臨していた。

部屋の中央を完全に占拠しているのは、国際大会の公式戦でも使われる、最高級仕様の『卓球台』だった。

テレビもソファもない。

ただ、冷たいフローリングの上に巨大な卓球台と、その奥には無数のピンポン球を吐き出すプロ仕様の自動送球マシンが置かれている。

生活スペースは、部屋の隅にある小さな布団一枚分だけ。完全に「狂った卓球ジャンキー」の部屋だった。

「た、たまたま、インテリアとして置いてるだけで……!」

「どんなインテリアよ! あんた、やっぱり頭おでかけ(イカれて)るわね!」

凛は驚愕しながらも、吸い寄せられるように台に近づき、その表面を指でなぞった。

「これ、ただの台じゃないわ。天板の厚みも滑りも世界大会クラスの特注品……。それに、そこの棚にあるラケットケース、何?」

凛の指差した先。

古びた木製の棚に、大切に保管されている重厚な革製のラケットケースがあった。

金色の刺繍で、見慣れない外国語の文字が刻まれている。

「あ、それは触っちゃダメ……っ!」

私が止めるのも聞かず、凛は好奇心に目を輝かせてケースを開けてしまった。

中から現れたのは、現代の卓球界ではまず見かけることのない、奇妙な形状をした古びたラケットだった。

ラバーの表面は、まるで深海のように禍々しい黒色をしており、不気味なほどの粘着性を帯びている。

「これ……何これ。重っ!? ラバーの摩擦力も異常だし、グリップの形も変……。これじゃ普通のラリーなんてまともに――」

呟いていた凛の言葉が、ぴたりと止まった。

ラケットのグリップの底部に刻まれた、小さな刻印。

それを見た瞬間、凛の顔から血の気が引いていくのが分かった。

「……まさか。これって、十五年前に世界選手権のシングルスで、中国の絶対王者を『全員ノーゲーム』で完封して世界一になった……伝説のカットマン、星野【巌(いわお)】の特注ラケット……!?」

凛はガタガタと震えながら、ラケットと私の顔を何度も往復させた。

「星野……、巌。星野、紬……。あんた、まさか、あの『世界の怪物の血を引く者』なわけ!?」

(あああ……完全にバレた……)

私は頭を抱えて座り込んだ。

実力を隠すどころか、私のルーツまで一瞬で看破されてしまった。

「……そうだよ。私の祖父だよ。もう死んじゃったけどね」

「う、嘘……。あの伝説のカットマンの孫が、なんで翠ヶ丘高校の、しかも女子卓球部で『部内最下位』のフリなんて不自然なことしてるのよ!? 本気を出せば、今すぐにでも日本代表のトップになれるのに!」

凛の言うことはもっともだ。

祖父から受け継いだこの超回転の技術があれば、高校の地方大会どころか、全国の頂点だって難しくはない。

しかし、私の胸の奥には、冷たい拒絶の感情が渦巻いていた。

「……私、卓球の表舞台が嫌いなんだ。特に――あの蒼ヶ溪高校がいる場所はね」

「蒼ヶ溪……?」

凛が怪訝そうに眉をひそめる。

県内、いや全国の女子卓球界を支配する絶対王者の名。

私がその名前を口にした瞬間、部屋の空気が張り詰めたように重くなった。

「凛は知らないかもしれないけど、私の一族とあの学校の間にはね、もう約100年も前から続く呪いみたいな因縁があるんだよ」

「……え? 100年……?」

私の口から飛び出した歴史の長さに、凛が息を呑む。

「大正時代、日本に卓球が普及し始めた頃から、私の先祖と蒼ヶ溪の創設者一族は、ずっとお互いのプライドを懸けて戦い続けてきたの。あっちが『最強の攻撃』を磨けば、こっちはそれを完封する『絶対の防御』を極める。100年間、ずっとその繰り返し。だけどね……その長い歴史の中には、両校の卓球部が『暗黒時代』って呼んで恐れる、一番泥沼の時代があったんだよ」

「暗黒時代……?」

「うん。第一次世界大戦、そして第二次世界大戦の、二つの大きな戦時中のこと」

私は静かに目を閉じ、祖父から生前に聞かされた古い話を思い返す。

「戦争が激しくなって、スポーツなんて贅沢だ、敵国の娯楽だって弾圧された時代。ラケットを握るだけで非国民って罵られた。ピンポン球の材料は燃えやすいセルロイドだったから、軍需物資として没収されて、道具すら手に入らなくなった。両校の卓球部は、事実上の解散に追い込まれたの」

「卓球が……できなかったんだ」

凛の顔からギャルとしての軽いノリが消え、真剣な表情になる。

「表向きはね。でも、あいつらは、そして私の一族は諦めなかった。防空壕の地下とか、憲兵に見つからない山奥の廃屋に、手作りの木製の台を持ち込んで、秘密裏に泥まみれになりながらラリーを続けてた。お互いがお互いを叩き潰すためだけに、戦争の恐怖の中でさえ、狂ったように技術を研ぎ澄まし合ってたんだよ。生きるか死ぬかの極限状態で、蒼ヶ溪はさらに冷酷な攻撃を磨き、私の一族は命がけで弾丸を拾う泥臭いカットを極めた。その執念が、戦後に爆発して今の歪な因縁に繋がってる。……あいつらにとって、星野一族を潰すことは、100年の命がけの歴史そのものなんだよ」

私はラケットケースを見つめ、さらに言葉を続けた。

「二年前、ジュニアの全国大会の決勝。私は蒼ヶ溪の現エースと戦った。その時、あいつらは100年の恨みを晴らすために、私のラケットに『不正な細工がされている』っていう虚偽の通報を身内のスタッフを使って仕組んだんだ。私は身に覚えのない不正疑惑で失格。おじいちゃんは私の無実を証明しようと奔走して、その心労で倒れて、そのまま死んじゃった……」

ぎゅっと拳を握りしめる。爪が手のひらに食い込んで痛かった。

「あいつらは勝つためなら、100年の因縁を終わらせるためなら、手段を選ばない汚い奴らだよ。だから私は誓ったんだ。もう二度と、あいつらのいる公式戦の表舞台には立たない。おじいちゃんの技術は私だけの秘密にして、静かに暮らすって」

男子卓球部がなく、他校の男子が「オワコン」とバカにしてくれる翠ヶ丘高校の女子卓球部。

それこそが、蒼ヶ溪の情報網から隠れるための、私にとっての最高のシェルターだった。

私の重苦しい過去と一族の、戦時中から続く壮絶な因縁を聞いた凛は、長い沈黙の後、ラケットをケースに戻した。

指先が、怒りで小さく震えているのが分かった。

そして――。

バチンッ!!!

「痛っ!?」

凛は私の両肩を、思い切り強い力で叩いた。

「何すんのよ……!」

「あんた、バカじゃないの!? むかつく!!! 超絶むかつくわ!!」

凛は金髪を振り乱し、大声を張り上げた。

「戦時中の暗黒時代から100年も続いてきた因縁をさ! 命がけで繋いできた先祖たちの技術をさ! 罠を仕掛けられて、おじいちゃんまで侮辱されて、それで隠れてコソコソ逃げ回って終わらせるのがあんたの選択なわけ!? 違うでしょ! あいつらを一番絶望させる方法は一つしかないじゃん!」

凛は私の胸ぐらを掴み、その綺麗な、けれど猛獣のような瞳で私を真っ正面から射抜いた。

「あんたが隠し持ってるそのエグい超回転で、蒼ヶ溪の連中が放ったドライブを、全部ネット際に沈めて泣かせるのよ! 100年分のあいつらのプライドを、あんたの絶対防御で木っ端微塵に粉砕して、表舞台のてっぺんから引きずり下ろすの!!」

「そんなこと言ったって、私は一人で公式戦に出るつもりは――」

「一人じゃないし! あんたの後ろには誰も通さない最強の盾がいるなら、その前に立つ最強の矛が必要でしょ! 私が、あんたをあいつらのところまで連れてってあげるわよ!」

凛の言葉が、私の凍りついていた胸の奥に、猛烈な熱となって突き刺さる。

「まずは、明日。私をこの台で徹底的にシゴきなさい! あんたのカットを私がブチ抜くか、私のドライブがあんたのカットを完璧にするか、勝負よ、紬!」

初めて、凛に名前で呼ばれた。

地味子のフリをして逃げていた私の世界に、この凶暴な天才ギャルが、強引に風穴を開けてしまった。

「……ハァ。本当に、強引なギャルだなぁ」

「うるさい、地味子! さっさとラケット持ちなさい!」

私と凛。交わるはずのなかった二人のラリーが、小さなワンルームの中で、2つの世界大戦という激動の歴史を巻き込みながら、静かに、けれど確実に熱く火花を散らし始めたのだった。

(第2話了)

第2話をお読みいただき、ありがとうございました!

紬の家に押しかけた凛によって、伝説のカットマン「星野巌」の遺品、そして宿敵である「蒼ヶ溪高校」との、第一次世界大戦・第二次世界大戦の「暗黒時代」を潜り抜けた約100年間も続く壮大な一族の因縁が明らかになりました。

逃げる紬の手を引き、もう一度戦いの舞台へと引っ張り出そうとする凛。

二人の熱いバディ関係がここから本格的に始動します!

次回、翠ヶ丘高校に「女子だけの弱小部だろ」と舐めてかかる、他校の男子エースが再び襲来……!?

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