05
「仁科さん、あずさって名前の女の子、知りませんか? ――あ、ひらがなであずさです」
「あずささん……すみません、知らないですね」
「そうですか」
あずさちゃんには見えても仁科さんには見えないから仕方がないか。
「あ、でも、中学生の頃に小さい女の子とはよくいました」
「どれぐらいの小ささですか?」
「小学生ぐらいの子でした、いきなり消えてしまって気になっていたんです」
んーその小学生レベルの小ささの子よりも小さいからなあ。
しかも、仁科さんと集まってからはあずさちゃんは私の中に隠れてしまっているから意味がない。
「咲、小さい女の子と仲良くなろうとするのはやめた方がいいよ」
「仁科さん、答えてくれてありがとうございました」
「はい」
右腕を二回タップするとのっそりとあずさちゃんが出てきた。
そのまま掴んで見えるところに持っていってもなにも変わらないから少し寂しい。
「あ、まただ」
「どうしました?」
「最近、咲が黒いモヤモヤに包まれていることが多くてね」
「え、ふみさんはそういうの、見えるんですね?」
「霊感があるとかそういうのじゃないよ、だけど階段から落ちたらしい日からこんなことばかりなの」
ふみならいけそうだけどねえ。
そのまま優しくだけど顔に押し付けるようにしてみたら「意味ないよこれ」とあずさちゃんから言われてしまいやめる。
「うぅっ、な、なんかいまゾワっとしたよ」
「入口は常に開けてあるのでここだと冷えてしまいますよね、中に入った方がいいかもしれませんね?」
「うん、お邪魔します」
仁科さんは私達と違って働いている状態でここにいるわけではないからね。
いつお客さんが来るのか分からないし、そこまでお喋りばかりに集中しているわけにもいかない。
でも、自分だけが見えることがここまで複雑な気持ちになるなんて分からなかったな。
あずさちゃんからの矢印が私に向いていたらこうはなっていなかったのに。
まあ、私は目の前で急に落ちた人間だからそうなるわけもないか。
「咲、余計なこと考えなくていいから」
そうは言われてもねえ。
ふみと楽しそうに話している仁科さんを見ていると動きたくなってしまうのだ。
ただ、私が動けば動くほど見えないという事実を前にあずさちゃんを傷つけてしまうだけなのでは……? と矛盾めいた思考をしてしまう私もいる。
これだったらまだ私があずさちゃんの立場の方がよかったね。
だって一緒にいる子にこんな顔をしてほしくないでしょ。
「もーなに一人で難しい顔をして黙りこんでいるの?」
「私は空気が読めるいい人間なんですよ」
「そういうのいいから、それにあやささんを見てよ」
言われた通りに見てみると凄く困ったような顔をしていた。
もしかしてなにか話しかけていたけど私が気づかずに無視をするような感じになってしまったとか?
ふみが相手ならいいけど仁科さんが相手のときは気を付けておかないと。
「あの、もう少ししたらお店も終わるので新さんのお家に食事にいきたいなと」
「それなら両親も喜ぶと思います」
「でも、なにかあるならちゃんと言ってくださいね」
いやそれはもうぶつけさせてもらったから満足できている。
「ふみはどうするの?」
「私もいくよ、あそこの野菜炒め定食を食べようと思ってね」
「お肉も入っているけどあくまでおまけだよ?」
「そこまでお肉重視で動いていないから」
そうかなあ……って、豚の生姜焼きが好きすぎる私に言われたくはないか。
ふみがいてもいなくてもちゃんと合わせる。
「長く続いてほしいからねえ」
「大してお小遣いもないのに無理して利用していたときもあったよね」
「だって『大丈夫なの……?』と聞きたくなるぐらいには人がいない時間が多かったからね」
「よ、余計なお世話、ちゃんと夜だったら人がいっぱいいるから」
お昼だからってみんながみんな、外で済ませようとするわけではない。
また、飲食店は無数にあるわけだからどうしたって気分次第になる。
私が生まれるより前から現在までやれているのだから押し付けすぎないあのスタンスが正解なのだ。
「お客さんがいないと言えばここ――んー!?」
「仁科さんはまだ利用したことがありませんよね?」
「いえ、実は三回ぐらいもう利用させてもらったことがあるんです」
「あ、そうだったんですか」
あれきり、手伝いもろくにしてきていないから分からなかっただけか。
こうしてお店で働いている仁科さんからすれば「もっと頑張ってください」と言いたくなる件かもしれない。
「ちなみに、その内の一回――つまり初回は私が連れていったんだよ?」
「なんで仁科さんに無駄な嘘をつかせたの」
「え、だってその方が面白――こ、こめかみグリグリは駄目だよ!」
お互いにとってなにも面白くないから。
冗談を言うのだとしても巻き込むのはやめてもらいたかった。
「咲って昔からずっとそれ?」
「ずっとそれって――あ、そういう生き方をしてきたのかって聞きたいの? んーどうだろう、だけどあずさちゃんのために動きたくなったのは本当のことだよ」
「でも、あの人には見えないんだ」
あずさちゃんはずっとあそこにいたのかな。
仁科さんのお店からはそう遠くないから息抜きで離れたときに見ることになったのかもしれない。
「そうだねえ……どうすればいいのか」
「ふみ……は少し咲に似ている状態かもしれないけど」
「そうだね、だからまずはふみが見えるようになるのが一番だね」
なんだっていきなりショートカットなんてできないのだ。
仁科さんと話せるようになるのは最終ゴール、私達はまだ一歩目を踏み出したばかりだから仕方がない。
「とにかく、あずさちゃんはいつも表に出ていてよ」
「顔に張り付いていたい」
「じゅ、授業中とかはそれだと困るかな」
「あれ、なんか落ち着くんだよね」
落ち着くのはいいけど腕で目を覆っているときと同じような状態になるから危ないのだ。
やるとしても私が寝ているときとかかな、それなら重さも感じないから自由にしてくれればいい。
「移動はできる?」
「うん、別に咲の近くじゃないと無理とかないから。だってそうでもなければ出会う前はどうなるのってなっちゃうし」
「確かに」
いいね、少なくとも縛ってしまうことはない。
ふみとか仁科さんもそうだけど自由に行動していてもらいたいからね。
我慢して一緒にいるとかは一番最悪だ、それだったら一緒にいられない方が遥かにマシだ。
「なるほどね、ふみのところにいってみればいいって言いたいのか」
「そうそう、色々試してみてよ」
「でも、ふみで試すようなことをしてもいいの? この前、ガチな反応だったけど」
「なにか吸い取ってしまったりはないんでしょ?」
「まあね、別に人間から生きる力を貰っているわけじゃないから」
だったら問題もないだろう。
それに、あの子といた方が明るいそれに多く触れることができる。
そうすれば少しはいまよりも状況が改善するかもしれないのだ。
彼の存在がもっとはっきりしたものになれば案外、いけそうな感じがするのだ。
「だったら大丈夫だよ。私ね、あずさちゃんにも友達が増えてほしいんだ」
「それをふみしか友達がいない咲が言うのは面白いね」
うぐはあ!?
「でも、咲でよかったかもしれない」
「え、えーいきなりなにー?」
「だってあの人が見えていたらここまで普通ではいられなかっただろうから」
「あーはいはい、本命には勝てませんよ」
「別に拗ねなくてもいいのに、本当にそう思っているんだから」
誰からも求められなくたって別にいいさ。
私はただ、自分のしたいように生きたいだけだ。
その途中、こうして誰かのために動くこともあるけど下心があるからではない。
す、少なくともふみが関係していなければそうだと言える。
「本当にふみのことが好きだよね」
「だから好きだって」
どこまで分かられているのは微妙なものの、勝手に読もうとするのはやめてもらいたいところだった。
と、これまた私が言うのはアレか。
なんたって気になる人を聞いてしまったようなものだからね。
いやでもまさかそれが共通の知り合いとは……なんとも狭いものだ。
「あの人のことは?」
「これからも普通に一緒にいられれば好きになると思うよ」
「ふーん、ふみに対する愛はその程度なんだ」
ちょ、この子って本当は人間なんじゃ……。
ほらあれだ、転生したとかそういうのだろう。
「というか、いまの時点では違うんだ」
「私だってふみが相手のときみたいにはできていないからあんまり偉そうには言えないんだけど……仁科さんってほら、私に対して遠慮しちゃうし」
「ふみが大好きすぎるからかも」
「もーそのことで弄りすぎ―」
途端に少しつまらなさそうな顔になって「あの人がふみのことを好きでいたらどうする?」と聞いてきた。
それで狼狽えると考えていたのだろうか? それともただ、聞いてみたかっただけ?
「どうするって、それで困るのはあずさちゃんでしょ? それに、もしそうだったら応援するよ」
「うん、咲が馬鹿だって分かったよ」
「えぇ」
仁科さんと話せないからって八つ当たりだけはやめてもらいたいけど。
ふみが好きで、仁科さんもふみが好きなら応援するしかないだろう。
また、他の人に矢印が向いていても私は応援するだけだ。
「でも、嫌いじゃない」
「はは、ツンデレさんなのかな?」
「これを咲に言っているんだから素直だと思うけどね」
弟がいたらいつも内側はこんな感じだったのかも。
可愛い弟のためにいつでも動きたくなる感じ。
「咲ー?」
「ほら、大好きなふみが呼んでいるよ」
「どこかにいったら私、泣いちゃうからね?」
「暇だから離れないよ」
仁科さんのところにいく以外で離れられるのはごめんだ。
もし飽きて「もう帰る」とか言われても土下座をしてでも止めてやる。
くくく、掴むことができるのはそういうときに好都合だなあ。
「あ、ここにいたんだ」
「わざわざ探さなくても教室に戻ったタイミングでいいと思うけど」
「だっていますぐに話したくなったんだから仕方がないじゃん」
こういうことばかり言うんだからなあ……。
同性なのに普通に怖い子だった。
「咲」
「う、うん、どうしたの?」
何故か壁ドンをされていた。
母にそんなことをされてもトゥンクとはならずにただ怖いだけなので早く用があるなら言ってほしい。
「はいこれ、新しい端末」
「え、高かったでしょ?」
「ううん、全くそんなことはなかったよ。だから、仁科さんにいま持っている物は返してきて」
「わ、分かった」
普段から気を付けていても人から借りた物だとかなり気になるものだと今回の件で分かった、返すことができるのであればその方がいい。
初期化はせずに仁科さんの家まで持っていく。
「いらっしゃいませ」
「仁科さんこれ、ありがとうございました」
スマホを差し出しても受け取ろうとしてはくれない。
「これ、母が新しく買ってきてくれたんです」
だったらなんで返すことになったのかを分かってもらうしかない。
「新しい携帯ですか」
「あっ、不満があったから母に頼んだとかではないですからね!?」
「落ち着いてください。ただ、新さんとの繋がりを消したくないんです」
私との繋がり……?
「え、でも、こうして仁科さんとはスマホがなくても繋がれていますよね?」
「あくまでふみさんのおまけではありませんか?」
「全くそんなことはないですけど……」
そもそも、そんな風に考えているのであればふみに頼んでこれを返しているところだろう。
一人で悪く考えて不安になってしまう人なのかな……?
「って、大して知らない年上がこんな感じでは怖いですよね……」
「仁科さんは怖いと言うよりも奇麗です」
「だ、誰にでも言っていますよね?」
「言う相手がいませんね」
母は可愛い系だしなあ、ふみも同じだ。
「お願いしますっ」
「で、でも、人の物を借りておくのって意外と気になるものなんですからね?」
「それはもうあげますから!」
「それなら新しい端末を買ってもらったいまと同じで繋がりが消えませんか? あ、まあ、仁科さんの言う通りなら、ですけど」
「む、確かに……」
えぇ、そこで真剣な顔で悩まれても……。
あと、先程から手を繋いでいるみたいになっていて少し気恥ずかしい。
「あれっ?」
「ど、どうしました?」
まさかふみみたいにやろうというのか。
自分が少しでも不利な状態になったら表情で、態度で揺さぶろうというのか。
ふみ相手にも半分ぐらいは負けているのに仁科さんが相手なら……全敗してもおかしくはない。
「もしかしてその方があずささん……ですか?」
「えっ、見えるんですか!?」
しまった!
同性同士でも距離感というものに気を付けなければならないのに。
「ち、近いです新さん」
「す、すみません」
というか、あずさちゃんは最初から諦め気味で内側に隠れていたのにどんな能力だ。
いやいやっ、そうではなくて私がおかしいのか!
「あ、あずさちゃん!」
「……本当に見えているの?」
「見えます見えますっ」
「やったねあずさちゃん!」
あれ、だけどこうなったら私のところに残ったりしないよね。
んーまだ出会ったばかりだけど寂しいな。
「仁科さん、あずさちゃんを預かってくれませんか?」
「あずささんはそれを望んでいるんですか?」
「それはそうですよ、そうでもなければこうして頼んだり――痛い!?」
や、やっぱりツンデレではない、ツンツンだ!
なんでこういうときに限って素直になれないのか。
「ふふ、あずささんは新さんと一緒にいたいみたいですね?」
「少しいいですか?」
「はい」
外に出てすぐにぎゅっと掴んで顔の目の前まで持ってきた。
「なにやっているのさっ」
「なにやっているのはこっちが言いたいことなんだけど。話せるようになったのはいいけどそれでなんであの人のところにいくことになっているわけ?」
「だってそれなら別れることになる私の家よりいいでしょっ」
考えて動いてあげているのにここで鈍感のフリは勘弁してもらいたい。
別に私といたいとかではなくてただ恥ずかしいだけなのに余計なことをするな! このチャンスを逃したらもう次はないかもしれないんだぞ! と言いたくなる。
「余計なお世話。というか、だったらふみと律儀に別れている咲はおかしくない?」
「私とふみは人間同士で別の家で過ごしているんだから仕方がないでしょ!」
「俺とあの人は同じじゃないんだ」
きゅ、急にそんな悲しそうな顔をしながら言われても……。
「大丈夫だから」
「……後から『やっぱり仁科さんのところにいきたい』とか言っても聞かないからね?」
「うん、大丈夫」
本当かよ……。
でも、これ以上はただの押し付けでしかないからやめておいた。
戻ったら仁科さんは笑みを浮かべて「しっかり話し合いはできましたか?」と聞いてきてくれたから頷いておいた。




