02
「はぁ……はぁ……」
冬なのに暑い、袖を捲っていても足りないぐらい。
あと少し歩いただけなのにやたらと疲れていた。
「あ」
いやーこんなことって実際に起こるものなんだ。
腕が枝の先に触れたことでやられたのかジンジンと痛む。
正直、少し高いところから落ちたことよりもそっちの方が駄目だった。
「真っすぐに歩いていたんだけどな……」
いやでも、あのまま真っすぐ転んでいたらそれはそれでコンクリート君にやられてしまっていたわけで……。
ちらりと腕を確かめてみるとそれなりに広範囲でやられていた。
いまなら「くっ、右腕が疼く!」とふざけても冗談とは判断されないかもしれない。
あれだ、何故か上の方にいきたくなって段差が多い階段を上ってまで移動したのはよかったけど、というやつだ。
こんなに衰えてしまっていたとは……。
ま、まあいい。
私がしなければならないのは早く洗うことだ。
適当にそこら辺にある物を使わせてもらうわけにはいかないので家まで急ぐ。
両親がお店で働いてくれていることが今回はいい方に働いた。
流石にここまでの傷だと不安にさせてしまうだろうから。
「おお、おかえり」
「お、お店は!?」
「どうした? いまは十五時で営業していないからな」
なんでこういうときに限って……。
「ん? 咲」
「な、なに?」
「少し身長が伸びたんじゃないか? やったな、伸びてほしいって言っていたもんな」
「あ、そうそうっ、それが嬉しかったんだよ」
セーフ!
父はそれだけで「じゃ、ゆっくり休めよ」と言ってここから去ったのでまずは洗うことに。
「痛そー」
血がダボダボ出ていたわけではないけど出ていたのは出ていたから真っ白だったそれが少し赤く染まった。
「咲ー? あ、ここにいたんだ」
「ど、どうしたの?」
「いや、今日も夜ご飯を――」
今度は駄目みたいだった。
母はガシッと腕を掴むと「なにこの傷!?」と大きな声を上げた。
父も来てしまって~みたいなことにはならなかったけど母の顔が、うん。
「か、階段から落ちちゃって――あ、でもっ、土の方に落ちたからこの結果なんだよ!」
やっぱりあのまま真正面に転がっていたら最低でも骨折、最悪なら死んでいたかもしれない。
「これ、残ったりしないかな……」
「どうだろう」
まあ、別にリストカットとかではないから隠す必要もないだろう。
「ふざけていたわけじゃないんだよね?」
「階段でふざけないよ」
「それなら……死んじゃったりしなくてよかった」
「ありがとう。夜ご飯のことなら任せてよ」
とはいえ、ふみには見せないようにしようと決めた。
心配されても、また全く興味を持たれなくても無駄にダメージを受ける。
「誰か来た」
宅急便とかそういうのでお願いしますと願いつつ玄関までいって扉を開けると、「今日も来たよー」とふみが……。
「せめて連絡とかしなよ」
「それが何回か送っても咲が反応してくれないから寝ていると思ったんだ」
「あ」
慌てて確認をしてみるとディスプレイがバキバキに割れてしまったスマホが……。
ただ、これを見られたらなにがあったのかを教えないといけないからさっと隠しておいた。
「きていなかった?」
「い、いま充電がないみたい。昨日、珍しくソーシャルゲームで長時間使用していたからさ」
「お、なにを始めたの?」
だ、駄目だ……これ以上嘘に嘘を重ねると彼女と一緒にいづらくなる。
手で持ちながら階段を上っていたら誤って落としてしまったということにしておいた。
どちらにしてもスマホには悪いことをしてしまった、ごめん。
「うわあ、バキバキだあ」
「実はさっきもそれで慌てていたんだよね」
「そっか、じゃあこれからも連絡せずにいくね」
まあ、再契約的なことはしてもらえないからそれは仕方がないな。
「ねえ」
「ん?」
「その腕の傷、どうしたの?」
しまった!?
さっと隠そうとしたのにガシッと掴まれて堂々と見られてしまった。
抉れてしまっているとかではないからグロテスクではないものの、それでもやっぱりただ擦れたわけではなくて痛そうだ。
「もしかして階段から落ちたのは咲、とか?」
「階段から落ちたなら切り傷ができているのはおかしくない?」
「ねえ、ちゃんと話してくれるよね?」
うわこわあ……。
こういうときは暗いマイナス寄りの顔になってこちらがちゃんと吐くまで解放してくれたりはしない。
料理は昔からしてきたし、こんなところを切るようなポカをやらかすこともないしなあ……。
「そ、外でね、こう……わーって」
「ちゃんとあの二人には言ったよね?」
「お母さんにはバレちゃったからちゃんと話したよ」
ふみ相手に隠し事はできないか。
それでも、なんとかして仁科さんには気づかれないようにしたかった。
「あ、ふみ温かい」
「このまま続けるから」
夜まではまだ時間があるし、夜ご飯をちゃんと作ることができるのであればそれでいい。
それにこの子が触れてくるのはいまに始まったことでもないので違和感なんかは全くなかった。
「新さんごめんなさい」
「へ?」
急に謝罪をされて馬鹿みたいな反応になってしまった。
なんだなんだと身構えていると「実は年下というのは嘘なんです」と答えてくれた。
「あと、あなたのことはふみさんから聞いていましたが会ったことがあるというのも嘘で……」
「ふみの作戦なんですね」
「はい、そうやって協力してほしいと頼まれまして」
これはまた自由にやってくれたものだ。
お菓子をむしゃむしゃ食べていそうなふみの頭に手刀を繰り出したいぐらい。
「ただ、近いところに住んでいるのでこれからもよろしくお願いします」
「はい」
仁科さんは頭を下げてから歩いていった。
とはいえ、責めるためにわざわざふみの家まではいきたくないから大人しく家の中に戻る。
「あ、咲、これをふみちゃんの家まで持っていってくれない?」
「これは……?」
「お肉だよ」
な、何故、お肉なら家で焼いて食べればいいのに。
母はこちらに渡してから「じゃ、頼んだからね」と言っていってしまった。
はぁ……仕方がないから私も動くか。
うーん、結構な重量があってご立派なお肉が入っていそうだ。
「はーい――あ、咲」
「これ、お母さんが持っていってくれって。ちなみに、中身はお肉だって」
「わあっ、ありがとう!」
くそ……いい笑みを浮かべるじゃないか。
そのせいで「持ってきてよかった」なんて考えてしまっている。
「開けてみてもいいのかな……?」
「別にいいんじゃない」
さて、どんなお肉が入っているのか。
あんまり豪華すぎてもなんか悔しくなりそうなので中堅ぐらいであってほしい。
「え、なんか凄くお高そうなお肉なんだけど……」
何故だ……。
これ以上は抑えきれなさそうだったので挨拶をして離れることにした。
この前の傷を押さえて「くっ」とか言っていれば時間も経過するだろう。
「待って待ってっ」
「あと、仁科さんを困らせるのやめなよ」
「あちゃあ……バレちゃったか」
「仁科さんの方から『嘘をついてごめんなさい』と謝ってくれたんだからね」
謎に協力することになったうえに無駄に謝罪することになったのだからあの内側は……。
ないだろうけど責められたくはないからああいうことはやめてほしい、冗談を言うにしても私とふみにだけ関わることにしてほしい。
「さ、咲、いまから焼くから食べていかない?」
「え、そうやって共犯に仕立て上げるのやめてよ」
「よ、夜まで我慢とかできないよ……」
でも、彼女のご両親だって食べたいだろうからやっぱり駄目だ。
ノーを突き付け、今度こそ華麗に彼女の元から去、
「それなら勝手に食べてしまわないように夜までここにいて!」
ることができず、十秒も経過しない内に桑名家に上がることになった。
「よいしょっと」
「ちょ、冷えるでしょ」
「やっぱり残っちゃいそうだね」
残っても奇麗に消えてもどちらでもいい。
この程度のことで自分の元から去られてしまうぐらいならちゃんと仲を深められていなかったということでしかないから。
「こうやってぎゅっとしておけばなんとかならないかな?」
「それは自信過剰すぎ、私達はただの人間なんだから無理だよ」
また、不思議な存在が現れたとしてもここに憑依するだけで治せるようなことはないと思う。
寧ろ傷だから悪用されてしまいそうだ。
「だっていまは冬で長袖だからいいけど夏とかになったらどうするの? みんなに見られちゃうんだよ?」
「リストカットとかじゃないし」
「変な意味で咲が見られちゃうのは嫌だよ」
いやいや、マイナスに考えすぎだろう。
というか、場合によっては周りの子よりも私を行動で刺してきていることになる。
それを分かっているのかな? 心配してあげられるのはいいけど細かいところが抜けていたりする子だからなあ……。
「じゃあふみがガードしてくれればいいよ」
「それだけ一緒にいてほしいということ?」
うっ、な、なんでそうなるのか。
「咲?」
「お肉、美味しそうだったね、あれで生姜焼きとかにしたら最高かも」
「もーなんでも生姜焼き脳はやめた方がいいよ」
ふっ、食べ物の話にしてしまえばこんなものさ。
ただ、この子がいてくれて助かっているのも事実で……。
「ふみがいてくれてよかった」
「どういう風に?」
「えっ、あ、それはこう……ふみがいてくれると落ち着いていられるんだよ」
緊張してやばかったときも先程みたいに彼女が手を握ってくれただけでなんとか向き合うことができた。
本番は一人の勝負だったから終わった後はやばかったけどね。
彼女パワーがあっても吐かなかったことが奇跡だと言えてしまうぐらいには追い詰められていた。
「なら結構いい存在ということだよね」
「それはまあ……」
「じゃあ共犯になってくれてもよくない?」
「二人が可哀想だから流石にそれはね」
今度、彼女がお店を利用したらその分は払ってあげよう。
これは表に出していないから分からないだろうけど今回はそれで我慢してもらいたかった。
「こんにちは」
「仁科さんこんにちは」
あれで終わりかと思っていたけど何回も来てくれている。
お店に用があるついでに~とかなら分かるものの、そうではないから気になってしまっているぐらいだ。
「あ、今日は居残りなのでふみはいないんですよ」
「そうなんですか? それでも、新さんがいてくれてよかったです」
そ、そりゃ一緒に帰ることができなければただ真っすぐに帰るだけだからいるけどさあ。
なにが目的なのか、ふみのことについて聞きたいのであれば答えられることは答えるけど。
「連絡先を交換してくれませんか?」
あー……。
結局、両親には言い出せなくてバキバキのままのスマホをずっと持っている状態だった。
なのでそのまま見せてみると「壊れてしまっているみたいですね」と、なんか申し訳ない気持ちになった。
「でも、なんでこんなことに……?」
「スマホを見ながら歩いていたら落としてしまったんです」
「危ないですからやめた方がいいですよ」
うん、ふみがしているときは注意したくなるから気持ちは分かる。
ちゃんと言わないとな、それで怒られたって悪いのは私だ。
「あっ、そうだお家まで来てくれませんか?」
「わ、分かりました」
え、なに? 仁科さんってふみみたいな人だったの?
すぐに家に誘ってしまうような感じ、もう少し私という人間を知ってからにした方がいいと思うけど。
悪用するつもりはないとしても「大丈夫かな?」と気になり始めたら落ち着かなくなるというのに。
「少し待っていてください」
「はい」
奇麗なお家だ。
ソファなんか二つもあるのにそれでいて狭い感じはしない。
大きなテレビ、大きな棚、大きな机。
将来はこんなところに住んでみたいかな。
「お待たせしました、これを受け取ってください」
「え、スマホ……ですよね?」
「はい。中にあるカードを取り出してこれに入れて使えば通信できますよね?」
「え、で、でも、こんなに奇麗なの借りられません――」
ズズイと顔を近づけてから「新さん、いつでも連絡できるようにしておかないと駄目ですよ」とぶつけてきた。
顔も、目もガチだった。
ふみがダークモードに染まったときよりもやりづらい。
「もう使用していませんし、初期化して自由にアプリをインストールしてくれればいいですから」
「わ、分かりました」
よく出会ったばかりの私にこんなことができるなあ。
それに自分を守るためとはいえ、仁科さんは嘘をつかれた相手に優しくしようとしている。
偉そうな話だけど学生時代とかに人がよすぎて迷惑をかけられていなかったかどうかが気になり始めてしまった。
「あ」
新しくアプリをインストールしてもアカウントをちゃんと覚えていればいままで通りに使えるってすごいな。
「連絡先を交換してください」
「はい」
年下が好きなのかあ!?
いやでも、ふみとかに頑張るなら分かるけど私が相手ならそれはないか。
やっぱり本人に聞きづらいことを私に聞いて確かめたいのだ。
「ありがとうございます」
「はい」
ふみのためなら利用されても構わない。
仁科さんのことを知っているわけだし、食い気を優先してしまうあの子がこの人のことを気にして楽しそうにし始めたら最高だろう。
「先程から腕を気にしていますか?」
「あっ」
しまった、最近は「くっ」などとふざけていたから癖になってしまったようだ。
それでも袖を捲らなければなんてことはない。
「中二病なんですよ」
「嘘ですよね」
え、それこそふみなんか目ではないぐらいには暗い顔だ。
仁科さんは「失礼します」と口にし、そのままグイっと引っ張り上げた。
「ふみさんから聞いていた通り、大きな傷になってしまっていますね」
「でも、もう全く痛くはありませんからね」
「気を付けてください」
あ、はい……。
大丈夫、もうあんなポカはやらかさない。
次は死ぬかもしれないからより一層気を付けているところだった。




