01
「咲ー?」
なんかいまは一緒にいたくなくて母から逃げている状態だった。
最近はすぐにこういうことになって無駄な時間を作ってしまっている。
それでも、前と違って明るくにこにこ対応なんてできない。
「みーつけた。もう、なにか悪いことをしちゃったの?」
「お母さんと鬼ごっこがしたかっただけ」
「家の中でしたくないからやめて」
うん、私だってこの歳になって鬼ごっこで楽しめるような感じではない。
なんか自分のことなのに気持ちが悪い。
「お母さん、つまらないときってどうしたらいい?」
「それならつまらないと考えるのをやめることだね」
やめられたら苦労はしないのだ。
このまま話していてもお互いに疲れるだけだから少し離れよう。
適当にでも歩いていれば少しぐらいはよくなるはず。
「ちょっと歩いてくるね」
「遅い時間まで外にいたら駄目だからね?」
「うん、いってきます」
特定の場所に着いたらイベントが、みたいなことが起こればいいのに。
でも、ここは現実で、作られた世界のようなことにはならないのだ。
そもそも、なにかが起きたら多分対応できずに終わるだけだと思う。
「すみません」
「あ、はい」
「ここって知っていますか?」
見せてきたスマホを確認してみるとお店のことを聞きたいようだった。
もうすぐのところにあるし、スマホをちゃんと利用できているのであれば聞く必要はないと思ったものの、それは表に出さずにこの道を真っすぐにいけばあると答えておいた。
「ありがとうございます」
「いえ、それでは」
「あの」
ちなみにそのお店は私の両親のお店だ。
昔からやっている飲食店だから意外と友達が利用してくれている。
「新さん、ですよね?」
「え、すみません、私の名字は新ではありません」
嘘だ、だけど少し怖くなって咄嗟に嘘をついてしまった。
私にはこんな大人の知り合いはいない。
両親の友達とかでも……分かっていない状態で話しかけられれば警戒して当然だ。
走り逃げるようなことになっていないのはこの人が女性だからだ。
男性の人から同じことをされていたら逃げていた。
「それでは」
結局、こういうことがあれば弱い自分が出てきてしまうのも問題だ。
強気に行動できるのも家族が相手だけ、なんてダサいだろう。
無駄にダメージを受けて設置してあったベンチに座って休んでいたら雲行きが怪しくなってきた。
いまの内側とは奇麗にリンクしている気がする。
「いらっしゃ――なんだ咲か」
お店を利用するときはちゃんとお金を払うようにしている。
まあ、利用するなら当たり前だろとツッコまれてしまうようなことかだ。
「生姜焼き定食で」
「はは、本当に好きだな」
昔こそ粘っていたけど父がこのことでなにか言ってくることはなくなった。
あと、空いていた席に座ってから確認をしてみてもさっき会った人はいなかった。
「はい、お水」
「あんまり人もいないし、お母さんも一緒に食べようよ」
「いまお腹が空いていないの」
最近はこればっかりだ。
病気かもしれないと病院にいくことを勧めても素直に言うことを聞いてくれないし……。
「お母さんは私のこと」
「うん?」
嫌いと答えられても受け入れるメンタルでもないのに嫌いかなんて聞くべきではない。
「いや、今日も夜ご飯を作っておくから」
「うん、いつもありがとう」
朝の十一時から十四時まで、十六時から二十時頃までやっているからゆっくり一緒にいることができなかった。
別にそのまま字面通りというわけでもなし、色々と準備をしなければならないわけだからそれ以上の拘束時間となる。
小さい頃からそうなのだから放置され気味だった私が曲がってしまっても仕方がない気がした。
「できたぞ」
「ありがとう」
白ご飯が大盛りで、お肉も沢山あるのにこれで千円ぴったりだ。
野菜、お味噌汁、お漬物、そういうのもしっかりしてそれだから価格設定が正しいのかどうか分からない。
「そうそう、さっき咲に用があるって人が来たぞ」
「もしかして髪が長くて……眼鏡をかけていたりした?」
「少なくともその人はそうだったな」
両親の友達ではなかったのか。
しかも残ることもなく、いないと答えられたらすぐに出ていってしまったらしい。
目的はなんだ? 怖いぞ。
「あの子、見覚えがあるんだよね」
「そうなのか?」
「咲はなにか覚えていたりしないの?」
「うん、全く」
私は別に陽キャラで誰にでも気にせずに話しかけられる人間ではない。
相手が大人なら尚更のこと、仮に一つしか違わない先輩とかでも変わらない。
「あ、いらっしゃい」
あれだ、複雑ではあってもここが利用してもらえるのは嬉しいかな。
働いているときの二人は本当に楽しそうだから。
だから謎の人が現れたこと以外は悪いことではなかった。
移動教室が多くて怠い……。
四時間目にこれだとお昼休みに休める時間が減ってしまうから嫌だ。
お腹が空いているから時間の進みが遅い感じがするのがもうね。
まあ、教室に着いた後は石像みたいになっておけば怒られたりもしないけど。
このときばかりは他の誰よりも俊敏に、
「ちょっと待って」
いや、なにに対しても上には上がいるというわけか。
教科書とかでガードしつつ振り返ると「さっき無視された」と口にして私不満がありますと言いたげな顔になっている友達の桑名ふみがいた。
「さっき咲に話しかけたのに無視された」
「あ、聞こえなかったとかじゃないんだよ」
「え、じゃあ意図的に無視したってこと?」
「違う違う、いまのはいまのことについてね」
お店をよく利用してくれているのはこのふみだ。
「それでふみは私になにを言ったの?」
「今日の放課後、一緒に遊びたい」
「ああ、どうせ暇人だからいいよ」
複数回手伝ったものの、一度大きなミスをしてからはお店の手伝いをしてはいなかった。
両親もそれが当たり前と言わんばかりになにも言ってこないからそのまま時間だけが経過している。
「咲に紹介したい人がいるんだけど、大丈夫?」
「え、なにそれ、なんか不安になるんだけど」
「怖い人とかじゃないから大丈夫だよ」
その際、ちゃんと存在しておいてくれるならという約束のうえで了承。
後輩なら子、先輩なら人と呼び分けている子だから相手は年上ということだ。
大丈夫かな……恋人を紹介してくれるとかならいいけど……。
「お弁当食べないと」
「そうだね」
お弁当のおかずの中には必ず豚の生姜焼きが入っている。
朝ご飯とか、お弁当作りとかは意地でもやらせないのが父であり、母なのだ。
「咲」
「んー」
なんだこの顔。
あ、いや、この子はころころとよく表情を変えてくれる子だけどこれは心配……不安な顔なのかな。
食べることが好きなのにご飯パワーをもってしても抑えきれないなにかがあるということか。
「それ、ほしい」
なんだそりゃ……。
涎が垂れそうな勢いだったので大好物でも関係なく渡しておいた。
さらば豚の生姜焼き、また会おう。
「お返しに私が作った卵焼きを」
「ふみ? あ、いいよもう」
あげたくないけど返さなきゃいけないというそれと戦いすぎた結果、冗談でもなんでもなく涙を流し始める子だから止めるしかなかった。
本当に食べることが大好きすぎるこの子は面白い。
なので、つまらなさもどこかにいってくれる。
が、私もご飯パワーが薄まってくると駄目になっていく。
「や、やっと放課後だ」
学校でこんなことになっていたら社会でなんてやっていけない。
毎日くたくたになって、死んだような顔、死んだような目をしながら家まで帰るのだ。
「咲、付いてきて」
「うん」
そっか、今日はこれからまだやらなければいけないことがあるのか。
午前の私は馬鹿だった、ちゃんと考えてから受け入れろよとあのときに戻れるなら叩いてでも止めたいところだ。
「あ、いたいた」
「え」
あの人は昨日の人だ。
なるほど、私は知らない人だったけどふみの友達だから向こうは知っていたと。
二人とも全く知らない人なのに何故か知られていたとかよりはマシだと思う。
「こんにちは」
ああ……昨日無駄に嘘をついたせいでいづらいぞ。
「少し待たせちゃったかな、ごめんね?」
「ちょ、ふみっ」
「ん? なんでそんなに怖い顔をしているの?」
「だ、だって年上の人なんだよ?」
「え、年下だよ?」
はあ? どこをどう見たら年下に見えるのか。
やっぱり二人とも知らない状態で一方的に知られていただけなのだろうか。
というか、いつもの自己ルールはどうしたのかと言いたい。
「ふふ、そんなに老けて見えますか?」
「大人びているだけだよね、咲のそれは失礼な反応だよ」
ちょ、なんでこの子にこんなことを言われなければならないのか……。
それこそいますぐにでも帰りたい気分だった。
「初めまして、ではないのですが忘れられてしまっているみたいなので自己紹介をしますね。仁科あやさです、よろしくお願いします」
私は横で突っ立っていたふみの手を掴んで少し離れる。
「で、ふみの友達?」
「私達は昔、三人で遊んだことがあるんだけどね」
いやいや、知らない知らない。
もう一回顔を見てみても大人にしか見えない。
「いやもう本当にごめんね」
「いえ、ふみさんが謝る必要はないですよ」
「え、じゃあ咲は謝る必要があると……?」
「もう、その絡み方はやめてくださいよ」
「あははっ、ごめんごめん」
あ、いまの顔はなんかそれっぽく見えた。
まあいい、この子は年下、後輩ね。
仁科仁科、うーん……やっぱり分からないけど上手く対応できるようになろう。
「えっと、仁科さんでいいよね」
「はい」
同性だからそう警戒する必要もないか。
基本はふみと彼女、私という風になるからその点も楽でいい。
食べることもお喋りすることも好きなふみはこういうときに便利だった。
「昨日は嘘をついてごめん」
「いえ、気にしないでください」
「これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
ふみ以外に友達ができたと言ったら両親は喜んでくれそうだ。
そういうのもあって珍しくテンションが上がっていた。
「でも、両親も覚えていないんだよね」
同じところを延々にぐるぐる回っている気分になってくる。
遊ぶことができる関係ならすぐに連れていっていると思うけどなあ。
だって昔の私は自分の家の下に自分のお店があることを誇らしく感じていたから。
「はいはーい」
「いま大丈夫?」
「うん。それでどうしたの? 咲から電話をかけてくるなんて珍しいけど」
「仁科さんのことでちょっとね」
「もしかして早速気になっちゃっている感じ?」
そうだな、違う意味では気になっているな。
三人で遊んでいたことも分かった、私のことを知っているのも分かった、となるとあとは……。
「ふみは定期的に会っていたの?」
確かめたいことはこれだ。
「ううん、最近急に現れて話すことになっただけだよ」
「そうだったんだ」
「うん、だから咲に隠れてこそこそ他の女の子と仲良くしていたわけじゃないよ」
え、それは自由にしてくれればいいけどね。
「でも、凄く奇麗になった」
「はは、ふみもやっと変わるかもね」
「相手は女の子だよ」
それでもだ、男の子相手に頑張っているところは想像しづらいのだ。
結局、いつまで経っても「ご飯が食べられればそれでいいよー」などと言って躱しているところも想像できてしまう件でもあるけど。
「あとね、そのことについては怒っていないけど気になっているから」
「ん……?」
「ほら、年下の子なら子って言っていたのに午前中は人って言ったでしょ?」
「ああっ、ごめんごめん」
本当にごめんと思っているのかな……。
貫いてくれていれば内ではともかく表に出して仁科さんに迷惑をかけたりしなかったのに。
「いまからいこうかな」
「仁科さんの家に? 明日も平日なんだから明日の放課後とかにしなよ」
「咲のお家にだよ?」
ああ、そういうことか。
お店が目当てなら迎えにいく必要もないので来たいなら来ればいいと答えておいた。
そもそも、冬で寒いし、暗いのに出たくなんかない。
というか、男の子でもないのになんで私が迎えにいったり、送ったりしなければならないのか。
と、律儀にそうやって動いていた過去の私に言いたいね。
「そうやって外で待っていてくれるところが好きだよ」
「なにが? たまたま外にいたかっただけなんだけど」
「あはは、そういうところも可愛い」
な、なんだこの人間は、なんでもプラスに考えて幸せな脳だな。
「あれ、お店に用があったんじゃないの?」
「もう十九時半なんだよ? ご飯なんてとっくの昔に食べたよ」
「ふーん、じゃあ上がれば?」
「うんっ」
この笑顔にいつもやられているんだよなあ……。
なんでこうも気持ちのいい笑みを浮かべられるのだろうか。
一緒にいて思わず自分も一緒に笑ってしまいそうなほどのそれ。
「お泊まりお泊まりー」
「そういうのは先に言いなよ」
「咲だけに?」
「つまらねー……」
「たまに言葉遣いが悪くなるところは咲の悪いところだね」
うるさいうるさい、余計なお世話だ。
親とあんまり一緒にいられなかったのに変な風に曲がらなかっただけ褒めてほしいぐらいだ。
「もちろん、ベッドで寝るからね」
「はあ」
え、今更?
「そこっ、喜んでいるくせに呆れたような顔をしない!」
この子は寝相が悪くてよく蹴られているからいい思い出がないぐらいなのに。
ポジティブなのはいいとしてももう少しぐらいは気を付けた方がいい。
受け入れておきながら何度、ベッドから落とそうと考えたか。
起きたときには床に転がっていた、みたいになっていないだけで感謝してもらいたいぐらいだ。
「それこそ咲にとってあやさちゃんがそういう存在になるかもよ?」
「それならそれでもいいけどね」
「もー少しぐらいは興味を持ってよ」
え、これでも恋愛に興味がないとかそんなこともないんだけど。
相手が男の子だろうと女の子だろうとどちらでもいいというだけでね。
でも、この子の中ではないことになっているみたい。
寧ろアピールをされても食事を優先して分かっていなさそうなのが彼女だった。




