第14話【義妹のぬくもり】
「ゆうくんも……不眠症?」
「あぁ……これを見てくれないか?」
そう言って、俺はズボンの裾をめくりあげて自分の左足の膝を桃花に見せた。
そこには大きな傷跡が残っていた。
「ゆうくん、この傷跡は……」
「俺の母親から受けた虐待の跡だ」
「――っ!?」
俺の言葉を受けて桃花が息をのむのが伝わった。それほどまでにこの俺の左足の膝に付いた傷跡は生々しい物だった。
「俺の家族が離婚した理由は母親の俺への虐待が原因だったんだ」
俺が小学生の頃、父親と母親の仲はすでに良くはなかった。
父親は編集者の仕事が忙しかったためあまり家に帰らなかったし、そんな父親に俺の母親は家事や俺の子育てをするだけの毎日に精神をやられていた。だけど、そんな母の以上に仕事が忙しかった父は気づかず、そのストレスのはけ口は次第に子供である俺に向かっていった。
『何でお母さんのこと分かってくれないの!』
母親は少しでも気に食わないことがあると子供の俺に八つ当たりをするようになっていった。
父親とケンカした日は必ず『お母さんが悪いって思うの!?』と責められた。他にも学校のテストの点数が悪かったり好き嫌いをしたら『アンタもお父さんの子だから出来が悪いの!?』とののしられた。
でも、比較的、母親の俺の虐待はどれも言葉で罵倒するだけだった。だから、俺は耐えられた。癇癪を起して『何でお母さんのこと分かってくれないの!』と罵倒するだけだ。
夜だって母親を起こさないように静かにしていれば罵倒されることもない。
子供の頃の俺にとって、父親が返ってこない夜は母親のストレスが俺に向く日が多かった。だからなるべく母親を刺激しないように静かに過ごして寝るようにしていた。
だけど、ある日、俺は決定的に間違ってしまった。
小学生六年の頃、ふと母親の怒鳴り声で夜目が覚めた。
内容は……父親と電話して母が怒鳴っているという様子だ。
目が覚めてしまった俺はトイレに行きたくなって、リビングに下りた。すると、そこには少し豪華な料理とお酒と小さなケーキがおいてあった。そして、そのリビングに電話を握りしめて頭を抱える母親が一人だけ座っていた。
当時の俺は分からなかったのだが、その日は俺の両親の結婚記念日だったのだ。
だけをそれを知らなかった俺は母親にこう言ってしまったのだ。
『何でお母さんだけケーキ食べているの?』
瞬間、癇癪を起した母親が『アンタまでわたしをバカにするのか!』と言ってテーブルの料理を皿ごと俺に向かってぶん投げて来た。
そして運の悪いことにその皿の一枚が当時の俺の左足に当たり砕け、瞬間、膝に鋭い痛みが走った。
痛みを感じた俺が左足の膝を見るとそこは真っ赤な血で染まっていた。そして、それを見た俺の母親は逆に真っ青な顔をしていた。
そこからは『痛い!』と泣き叫ぶ俺に母親が『ゴメンなさい』と謝り、俺は夜の緊急外来で病院に運ばれ左足に膝を二十針も縫う怪我をした。そこから病院に事件性があると父親と警察に連絡が入り、そこで初めて父親は母が俺にしていた日常的な虐待を知り母親と離婚することになった。
「そして、その日からなんだよ……俺が夜眠れなくなったのは」
結構長く話してしまった気がする。だけど、そんな長い話を桃花は何も言わずにただ聞いてくれた。
「あれから、寝ようとするたびに思うんだ……あの時、俺が夜起きなかったら……『俺が黙って我慢していれば』……父さんと母さんは離婚しなかったんじゃないかって……」
結局、病院で俺が母親にやられたという証言がきっかけで病院は事件性があると判断して父親と警察にまで連絡をしてしまった。
あの『選択』が間違っていたんじゃないかと、今と違う未来があったんじゃないかと寝ようとするたびに俺の頭によぎって眠れないのだ。
「だから、俺が眠れないのは桃花が理由とかじゃ――」
「ゆうくん、泣いています」
そう言われて、俺は自分が初めて涙を流していたことに気付いた。
それを見て桃花は俺の頭を抱えて自分の胸元に押し付けて来た。
「ちょっと、も桃花!?」
「わたしは……ゆうくんがお兄ちゃんで良かったと思っています」
そう言って慰めるように桃花が俺の頭をなでてくれる。
「……でも、二回も裸を見たんだぞ?」
「そ、それは……責任を取ってもらうんで大丈夫です!」
そう言われて俺の顔面が優しく桃花の胸に埋められる。
こんなことされて、俺が勘違いでもしたら桃花の奴はどうするつもりなんだ。
「だから、ゆうくんも私が義妹で良かったって思ってもらいたいんです」
「桃花……」
桃花の胸に包まれて彼女のぬくもりが伝わって来る。
今これだけの感触を味わえているだけで俺は桃花が義妹で良かったって思っているよ。
「多分……わたしと、ゆうくんは似ているんです」
すると、桃花は俺の頭をなでながら続けてこう言った。
「だから、眠れないわたしが『ゆうくん』を頼るように……ゆうくんは義妹である『妹』を頼ってください」
桃花は何でこんな俺なんかにここまで優しくしてくれるんだろう?
不思議だ……だけど、それが義妹《彼女》だというのなら甘えさせてもらうのも良いのかも知れない。
「あぁ、そうする……」
今まで寝ようとするたびに母親の怒鳴り声で起こされる悪夢を見て来た。
だけど、この胸に抱かれている今はそんな声は聞こえる気配も無く……
俺の意識は桃花のぬくもりに包まれていた。
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