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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 黒猫ぽん!
第七章:悪魔の巣穴(中東)

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第82話・残酷な猶予

 戦闘の余韻がまだ体に残っていた。


 これまでにない量の残骸が、足元に無造作に散らばっている。人差し指の鈍い痛みが、引き金を引いた感触を繰り返し思い出させた。


 政府軍の撤退を確認した直後、トリス通信が入った。


 日本は今頃、昼食の時間だろうか——そんなどうでもいい思考が、頭の片隅をよぎる。


〔零士さん、聞こえていますか?〕

「ええ、ハッキリと」

〔そちらの状況はどうですか? アメリカ軍は……〕

「いや、まだですね。夕方ごろだと予測しています」


 NATOとアメリカ軍の配備状況は、ジャックが観測してくれている。どうやら当初想定していたより、かなり遅れているらしい。時間にして五、六時間ほどだ。


 この遅れが、命を拾うための時間になるのか。それとも、ただ絶望を深めるだけの残酷な猶予になるのか——今はまだ、判断できない。


〔えっと、零士さん……〕

「はい……」

〔あの、言い方が悪かったら謝ります〕


 藤堂堅治の声がわずかに淀んだ。


〔そこから、生きて帰れる可能性は……どのくらいですか?〕


 一瞬、呼吸が止まる。


 まるで自分の命を値踏みされているような問い。可能性が極端に低かったら見捨てるのか? 


 ……いや、ここには彼の妹もいる。その選択は無いと思いたい。


「それは、どういう意味です?」

〔ああ、すみません。伝えるべきかどうか、迷っている事があって〕

「……と、言うと?」


 少し苛立っていたのは確かだった。戦闘直後ということも影響しているのだろう。彼の言葉に他意はないはずなのに、どうしても穿った見方をしてしまう。


 しかし彼の口から出たのは、そんな邪推を一蹴するような一言だった。


〔織田さんはドゥラのスパイじゃありません〕

「――は?」


 彼はなにを言っているんだ? 織田真理が裏切り者なのは明白なはずなのに……


〔彼女はあなたを助けようとして、今、角橋会長に拘束されています〕

「拘束? ちょっと待って……あの女が裏切り者だって、テロ組織の人間がはっきりと――」

〔その人間は、どこまで信用できるのですか?〕

「――っ」

〔ふざけているように聞こえますか? こちらも、かなり危険な状況なんです。だから今、伝えておくべきだと判断しました〕

「しかし……」

〔ほんの十秒でいいです。俺の言ったことを考えてみて下さい〕


 ギリッ……と頭蓋骨に音が響いた。無意識に歯を食いしばっていたようだ。彼女がスパイじゃないのなら、一体誰がこのオレを罠にかけたというのだろう?


「じゃあ、誰がオレをこんな場所に放り込んだって言うんだ!」

〔零士さん、よく聞いてください。その裏切り者は――〕


 直後、通信がプツリと途絶えた。


「え? ……藤堂さん?」


 語りかけるも、ノイズすら聞こえてこない。完全に途切れている。なにかトラブルがあったのだろうか? ――ひとつだけ確かなのは、藤堂堅治は裏切り者が誰か知っているという事だ。 


◇


「おい、張飛(チャンフェイ)」

「これまた凄い剣幕ですねぇ」


 HV倉庫に戻ると、メンテナンススタッフの中に張飛の姿を見つけた。オレは迷わず胸ぐらをつかみ、倉庫の裏に引っ張り出した。


「オレを騙しただろ!」

「……さて、なんの事でしょう?」


 張飛の態度は、相変わらず飄々としていた。掴まれた襟を気にする様子もなく、ただ静かに胡散臭い顔をこちらに向けている。


「お前、織田真理が裏切り者だって言ったよな?」

「おだま……? ……はて?」

「とぼけんじゃねぇ!」

「いえ。言っていませんよ。私は、『発信機を入れた者』と言ったのです」


 ――ほんの一瞬、思考が止まった。張飛はそれを感じ取ったのか、わずかに目を細めた。


「角橋の現地スタッフの事ですが。眠くなりましたでしょ? 差し出された水を飲んで」

「まさか……あいつが……」

「あなたの勝手な勘違いですね」

「なんで違うって言わなかったんだよ」

「必要あります? そんな義務も権利もないのに」


 握っていた力が、わずかに緩む。


 倉庫の裏は少しだけひんやりとしていて、機械油の匂いが鼻を突いた。張飛の表情には、嘲笑も動揺もなく、ただ事実を淡々と突きつける冷徹さだけがあった。


「それよりもいいんですか?」

「……なにがだ」

「脱出のための打ち合わせですよ。私の命もかかっているのですから、しっかりしていただかないと」


 正直、怒りが先に立って失念していた。だが、こいつに指摘されるのは、どうにも腹立たしい。


 しかし一番許せないのは――無実の女性を裏切り者と決めつけ、嫌悪していた、自分自身だ。




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