第81話・黎明の告白
一夜明け、地平線に陽の光が見えると同時に、政府軍の攻撃が開始された。
〔くっそ……無駄に数ばかり増やしやがってよぉ〕
リーダーのぼやきが、レシーバーから低く漏れる。
正面は政府軍の主力。右も左も、見渡す限りのHuVerが隙間なく並び、回り込む余地など微塵もない。完全に、ドゥラ軍と政府軍の正面衝突の様相を呈していた。
〔まだアメリカさんは出てこねえのかよ〕
キングは『余裕だ』と笑い飛ばす。
張飛の情報によれば、NATO及びアメリカの本格介入までは、まだ半日ほどの猶予がある。つまり、日本政府が提供した新型HuVerが投入されるのもその時だ。
今、ジャックたちは脱出経路を確保するため、偵察ドローンを飛ばして敵布陣の薄い場所を探っている。
クイーンとジョーカーは、ジャックの手伝い、そして穂乃香の護衛として部屋に残ってもらった。
――しかしそれは建前だ。
人を殺すこの世界から、二人を遠ざけるため。もう二度と戦争には出させない。それが、ジャックをはじめとする傭兵部隊の大人たちの、共通の願いであり決意だった
結果、今回は三人チーム。よりによってこの二人と組むことになるとは……正直、上手くやれる自信はなかった。
〔おい、ハード。気後れしてんじゃねぇぞ〕
からかうようなリーダーの声に、カチャカチャと護身用の拳銃をいじる音が重なる。
「はあ? アンタこそ気負いすぎだろ。焦ってトリガー引くんじゃねぇぞ」
〔う、うるせえ。備えあれば憂いなしってやつだ〕
昨日、張飛からメモを受け取って以来、リーダーの様子は明らかに変だった。ジャックもキングもなにも言わないため、オレも黙っているしかなかったが……妙な胸騒ぎが消えない。
◇
「堅ちゃんのコードネームさ、ハードでどう?」
今朝、起きがけにジョーカーが提案してきた。
「なんだ? バカ堅い機体に乗ってるからか?」
「まだまだだな、リーダー。堅ちゃん兄さんの名前を英語にしたらハードだぜ?」
真っ先に食いついたのはリーダーとキング。そして――
「二人ともまだまだですね」
ジャックがニヤリと口角を上げ、人差し指を軽く振った。たかだかオレのコードネーム一つに、なぜここまで盛り上がれるのか。
「ベルンハルトを英語読みすると、バーンハードになります」
「――えっ、マジ!?」
……知らなかった。ドイツ語の苗字を英語読みするなど、考えたこともなかった。
「あ? 本人が知らねえのかよ」
「普通知らねえよ。あんただって同じだろ」
「俺はどこに行ってもエースだ。呼び方が変わるなんてねえよ」
「……誰もその名で呼んでないと思うが?」
リーダーは一瞬、能面のような表情になると、鼻の頭をポリポリとかきながらジョーカーに話を振った。
「で、結局どういう意味なんだ? 堅いから、なのか?」
ジョーカーは、皆と視線を合わせないようにしながら、一冊の本をそっとテーブルの上に置いた。
「えっと……ごめん。この漫画の主人公の名前で……」
その申し訳なさそうな顔を見たら、オレは『No』と言えなかった。
◇
「でも、なんか慣れねぇな」
〔ジョーカーの命名が気に入らねぇのか?〕
「そうじゃないんだけど……全員トランプ由来のコードネームなのに、オレだけ外れてるのが妙でさ」
〔お? 寂しいのか?〕
「アホか!」
言い返したものの、疎外感を覚えていたのは事実だった。認めたくないが、今のオレはこの傭兵部隊に確かな仲間意識を抱いている。
彼らの生き方。この国の横暴さ。生きるために抗う反政府組織。――そんな現実が、オレの意識を確実に変えていた。
〔それとも、No.10に戻すか?〕
「遠慮する。センス悪すぎだ」
〔おま、……マジで言うようになったな〕
その時、オレたちの正面、敵陣左翼側で閃光弾が白く上がった。進行開始の合図だ。
〔二人ともそこまでだ――来るぞ!〕
キングの鋭い声が響く。
爆音と振動が戦場を支配した。HuVer-WKの装甲が、無数の徹甲弾を跳ね返す重い音が連続する。
視界が一瞬、オレンジ色の火線で埋め尽くされた。
「やらせるかよ!」
機体を低く沈め、突進する。腰部の推進ノズルが青白い輝きを放ち、砂塵を巻き上げながら敵機の懐に滑り込んだ。攻撃を一身に受けながら、零距離射撃で一機、また一機と無力化していく。
〔舐めてんじゃねえぞ!〕
〔雑魚はどんだけ集まっても雑魚なんだよ!〕
すぐ後ろでは、リーダーの銃撃が火花と溶けた金属の雨を降らせ、キングの大剣が政府軍HuVerを叩き割る。
敵の数は圧倒的だった。倒しても倒しても、次の波が押し寄せる。それでも、HuVer-WKの圧倒的な防御性能と、傭兵たちの経験が勝った。
十分ほどで左翼側は静寂を取り戻し、黒煙が風に流されて朝日へ傾いていた。
「……なあ、二人に話があるんだが」
〔どうした?〕
「正直に言う。リーダー、オレはアンタが嫌いだ」
〔改まりやがって、傷つくじゃねぇか〕
「キング、アンタのこともまだよくわからない」
〔つれねぇよ、堅ちゃん兄さん〕
リーダーのからかうような一言、キングの寂しげなつぶやき。
「だけど……」
オレは深呼吸を一つし、意を決して口を開いた。
「総攻撃が始まる前に、オレたちと逃げないか?」
〔あ? やっぱ寂しいんじゃねぇか〕
〔どういう心変わりなんだ?〕
「どうあっても傭兵なんて嫌いだ。今まで積み重ねた人殺しの罪は絶対に消えない。それでも――」
この、自分でも理解しきれない仲間意識が、彼らにも平和な世界で生きてほしいと、強く願わせていた。




