第80話・最後のピース
「あら、藤堂さん。どこへ行くのです?」
席を立ったオレに、張飛が声をかけてきた。
「HuVerだ。通信が入るかもしれないからな」
「ですが日本は真夜中でしょう? ここでも、いい子はもう寝る時間なのに」
オレは、わざと部屋の全員に聞こえるよう、舌打ちを大きく響かせて部屋を後にした。
とにかくこの場にいたくなかった。胸糞の悪い現実を突きつけられ、やり場のない怒りが胃の底で煮えたぎっていたからだ。
◇
薄暗い常夜灯だけの倉庫に、白い機体がポツリと浮かび上がっていた。
操縦席に滑り込み、オレは――叫んだ。
なにを口にしたかなんて、自分でも覚えていない。ただ、胸の奥に溜まった黒い塊を、吐き出さずにはいられなかった。
名称が違うだけの、現代の奴隷制度。人権も、未来も、希望も存在しない。ここは、なにもかもが異常な国だった。
「……腐ってやがる」
朝起きれば枕元にアサルトライフル。置き場所がなく、トイレに積まれた対戦車ロケット弾。
そんな生活でも、まだ人間として生きていられるのなら、マシだと思える自分がいた。
ザザザッ……
「え……」
突然、トリスの電波が繋がった。こんな時間に――本当に。
ザッ――
〔……零士さん? 藤堂です〕
「はい。こんな時間に……どうしたのですか?」
〔——よかった、やっと繋がった〕
レシーバー越しの声が、焦燥から安堵へと変わる。日本時間は午前四時ごろ。よほど緊急の事態に違いなかった。
〔急ぎの連絡があって……〕
「NATOの動きですか?」
〔ええ、それもなのですが……事態は、思った以上に切迫しています〕
言葉のあやなのは分かっているが……すでに余裕なんてものはどこにも残っていない。
〔実は……日本政府がNATO軍に、HuVerを二十機、提供したそうです〕
政治素人の俺でも、国際協力という名目での支援は理解できる。
だが、二十機程度なら、戦局に大きな影響はないはずだ――そう思っていた。
〔――よく聞いて下さい。〕
その瞬間、藤堂堅治の声に、重さが加わった。
〔零士さんの白い機体と同型機の可能性が、極めて高いんです〕
「え……」
〔つまり、エンゲージアームやECLIPSSが搭載された機体を、戦争のプロが使うという事です〕
独りきりのコクピットに、冷たい気配がスッと入り込む。――それは、死神の鎌を首にかけられた感覚。
HuVer-WKだからこそ、オレの腕でも軍用機と渡り合えていた。
その最大の要因が、エンゲージアームとECLIPSSの両システムだ。
〔日本政府は、『人道支援』というスタンスですが、現状を考えると……〕
「確実に、実戦投入してきますね」
プロの軍人があの機体を手にすれば、一騎当千の化け物と化す。殴り合いの喧嘩に、ガトリングガンを持ち込むようなものだ。
戦場で遭遇する可能性は低いけど――もしそうなったら逃げるのも難しい。
〔あと、ですね……今後、思うように通信ができないかもしれません〕
「どういう事ですか?」
〔実は……〕
藤堂堅治の語る状況は、まるでサスペンス小説のようだった。
最初の通信の後、彼と言問先輩は銃を持った男たちに襲われた。――暗殺チームの存在。友人宅に逃げ込み、そして今また逃亡中だという。
こんな話、オレ自身がこんな状況でなければ、『酒の肴にもならない』と笑い飛ばしていただろう。
「そんな事になっていたなんて……」
彼が得た情報は、やはり、HuVer-WKがドゥラのために作られたという事実。そして角橋とテロ組織、岸破首相の繋がりに関する疑惑。
――しかし、オレが最も引っかかったのは、角橋孝雄の名前が出た瞬間だった。
〔ただ、真実まであと少しのところにきているのですが……〕
「あの、もしかしたら、役に立てるかもしれません」
〔え?〕
「今からデータを送ります」
張飛のSDカードをスロットに差し込むと、自動で送信が開始された。
〔これは……?〕
「ドゥラの幹部から手に入れたデータです。その中に、changshoulu putuoqu Shanghaiってファイルがあるのですが……」
〔え……あ、それ!〕
カタカタと、キーボードを打つ音が聞こえ、続けて『やはり』と呟きが聞こえてきた。
〔えっと、そのデータこちらにもあります〕
「じゃあすでに?」
〔いや、角橋が隠していたファイルってだけで、なんの意味があるのかまではさっぱり……〕
「そうですか。最重要データだと言っていました。それについて、ひとつだけ聞いているのですが……」
オレは、張飛から聞いた情報をそのまま伝えた。
これがどれだけ役に立つかわからない。それでも、伝える事で事態が好転してくれればと……願わずにはいられない。
「角橋会長の次男、角橋孝雄は整形して生きています」
〔まさか……〕
「そのリスト、上海の美容整形の患者だそうです。それ以外のデータについては、まったくわかりませんが……すみません」
〔――いえ零士さん〕
興奮気味の反応が、藤堂堅治から返ってきた。
〔これが、最後のピースかもしれないです〕
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