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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 黒猫ぽん!
第七章:悪魔の巣穴(中東)

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第80話・最後のピース

「あら、藤堂さん。どこへ行くのです?」


 席を立ったオレに、張飛(チャン・フェイ)が声をかけてきた。


「HuVer(フーバー)だ。通信が入るかもしれないからな」

「ですが日本は真夜中でしょう? ここでも、いい子はもう寝る時間なのに」


 オレは、わざと部屋の全員に聞こえるよう、舌打ちを大きく響かせて部屋を後にした。


 とにかくこの場にいたくなかった。胸糞の悪い現実を突きつけられ、やり場のない怒りが胃の底で煮えたぎっていたからだ。



◇



 薄暗い常夜灯だけの倉庫に、白い機体がポツリと浮かび上がっていた。


 操縦席に滑り込み、オレは――叫んだ。


 なにを口にしたかなんて、自分でも覚えていない。ただ、胸の奥に溜まった黒い塊を、吐き出さずにはいられなかった。


 名称が違うだけの、現代の奴隷制度。人権も、未来も、希望も存在しない。ここは、なにもかもが異常な国だった。


「……腐ってやがる」


 朝起きれば枕元にアサルトライフル。置き場所がなく、トイレに積まれた対戦車ロケット弾。


 そんな生活でも、まだ人間として生きていられるのなら、マシだと思える自分がいた。


 ザザザッ……


「え……」


 突然、トリスの電波が繋がった。こんな時間に――本当に。


 ザッ――


〔……零士さん? 藤堂です〕

「はい。こんな時間に……どうしたのですか?」

〔——よかった、やっと繋がった〕


 レシーバー越しの声が、焦燥から安堵へと変わる。日本時間は午前四時ごろ。よほど緊急の事態に違いなかった。


〔急ぎの連絡があって……〕

「NATOの動きですか?」

〔ええ、それもなのですが……事態は、思った以上に切迫しています〕


 言葉のあやなのは分かっているが……すでに余裕なんてものはどこにも残っていない。


〔実は……日本政府がNATO軍に、HuVerを二十機、提供したそうです〕


 政治素人の俺でも、国際協力という名目での支援は理解できる。


 だが、二十機程度なら、戦局に大きな影響はないはずだ――そう思っていた。 


〔――よく聞いて下さい。〕


 その瞬間、藤堂堅治の声に、重さが加わった。


〔零士さんの白い機体と同型機の可能性が、極めて高いんです〕

「え……」 

〔つまり、エンゲージアームやECLIPSSが搭載された機体を、戦争のプロが使うという事です〕


 独りきりのコクピットに、冷たい気配がスッと入り込む。――それは、死神の鎌を首にかけられた感覚。


 HuVer-WK(ホーバーク)だからこそ、オレの腕でも軍用機と渡り合えていた。


 その最大の要因が、エンゲージアームとECLIPSSの両システムだ。


〔日本政府は、『人道支援』というスタンスですが、現状を考えると……〕

「確実に、実戦投入してきますね」


 プロの軍人があの機体を手にすれば、一騎当千の化け物と化す。殴り合いの喧嘩に、ガトリングガンを持ち込むようなものだ。


 戦場で遭遇する可能性は低いけど――もしそうなったら逃げるのも難しい。


〔あと、ですね……今後、思うように通信ができないかもしれません〕

「どういう事ですか?」

〔実は……〕


 藤堂堅治の語る状況は、まるでサスペンス小説のようだった。


 最初の通信の後、彼と言問(こととい)先輩は銃を持った男たちに襲われた。――暗殺チームの存在。友人宅に逃げ込み、そして今また逃亡中だという。


 こんな話、オレ自身がこんな状況でなければ、『酒の肴にもならない』と笑い飛ばしていただろう。

 

「そんな事になっていたなんて……」


 彼が得た情報は、やはり、HuVer-WK(ホーバーク)がドゥラのために作られたという事実。そして角橋とテロ組織、岸破首相の繋がりに関する疑惑。


 ――しかし、オレが最も引っかかったのは、角橋孝雄の名前が出た瞬間だった。


〔ただ、真実まであと少しのところにきているのですが……〕

「あの、もしかしたら、役に立てるかもしれません」

〔え?〕

「今からデータを送ります」


 張飛(チャンフェイ)のSDカードをスロットに差し込むと、自動で送信が開始された。


〔これは……?〕

「ドゥラの幹部から手に入れたデータです。その中に、changshoulu putuoqu Shanghaiってファイルがあるのですが……」

〔え……あ、それ!〕


 カタカタと、キーボードを打つ音が聞こえ、続けて『やはり』と呟きが聞こえてきた。


〔えっと、そのデータこちらにもあります〕

「じゃあすでに?」

〔いや、角橋が隠していたファイルってだけで、なんの意味があるのかまではさっぱり……〕

「そうですか。最重要データだと言っていました。それについて、ひとつだけ聞いているのですが……」


 オレは、張飛から聞いた情報をそのまま伝えた。


 これがどれだけ役に立つかわからない。それでも、伝える事で事態が好転してくれればと……願わずにはいられない。


「角橋会長の次男、角橋孝雄は整形して生きています」

〔まさか……〕

「そのリスト、上海の美容整形の患者だそうです。それ以外のデータについては、まったくわかりませんが……すみません」

〔――いえ零士さん〕


 興奮気味の反応が、藤堂堅治から返ってきた。


〔これが、最後のピースかもしれないです〕



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