第79話・救ったはずの死
陽はとっくに落ちているのに、この建物にはいまだ熱気が残ってた。古いエアコンが吐き出す埃っぽい風が、喉の渇きをますます刺激する。
「ジャック、半分正解ってどういう意味だ?」
「つまり、緑のHuVerが君を倒せればそれでよし、って事さ」
「倒せなかったら自爆するって?」
「うん。ただ君の戦い方が特殊だったから。内部フレームに撃ち込んだ弾が、運よく自爆スイッチを破壊したみたいなんだ」
そのため、オレに敗れたHuVerはいつまでたっても自爆しなかった。だから直接爆発させようと撃ってきた。
「じゃあ、オレがあのHuVerを守らずに逃げていたら……」
「今頃中庭に、木の枝が一本、ぽつんと立っていただろうね」
「……せめて名前くらい彫ってくれ」
これでようやく、敵方の行動原理が理解できた。しかし、理解したからといって、納得などできるはずもない。それがこの国の因襲的な思想だとしても、命をそんなに粗末に扱うなど、到底許容できるものではなかった。
――この一点だけは、誰になにを言われても曲げるつもりはない。
「でも、オペレーターは生きていたんだろ? なんで処刑なんかするんだよ」
「その前に一つ考えてみて。なぜ爆弾を積んで向かってきたか」
「それは自爆を……」
……いや、違う。
あの時、暗緑のHuVerは明確に戦いを挑んできた。自爆が前提なら、あんな戦い方はしないはずだ。
「君にとって辛い話になると思うけど……共和国の紋章が入っていないHuVerには、非正規兵が乗っているんだ」
「非正規兵?」
「ああ。そのほとんどは、理由をつけて緊急招集された労働階級の国民さ。警官をにらんだとか、物を盗んだとか、そんな適当な口実でね」
二十一世紀に入って四半世紀がたつのに……いまだそんな横暴がまかり通っている国なのか。
「そして彼らは往々にして、家族を人質に取られている」
「なんだよそれ……」
「家族を殺されたくなければ、死んでも作戦を成功させろ——それが支配階級からの命令だよ」
酷いなんて生易しい話じゃない。こんな国家より、テロ組織の方がまだまともだと思えてくる。
「つまり、緑の機体には二度のチャンスがあったんだ。君を倒すか自爆するか。でも、どちらも失敗した時点で、家族は殺されている」
「オレが……彼らを救おうと殺さなかった事が、家族の命を奪っているのか」
ジャックの言葉が、重く胃の底に沈み込む。手の震えが止まらない。救おうとした行為が、結果として別の命を踏みにじっていたという事実に、胸の奥がねじ切れそうになる。
「堅ちゃん、それはちょっと違うよ」
「アスマ……」
「政府に目をつけられた時点で、敵オペレーターもその家族も死ぬ運命だったんだ」
そのため捕虜の多くは、処刑を待たずに自害を選ぶ。残ったわずかな者は、国への深い怨恨からドゥラへの参加を決意するという。
「それでも、オレが殺した事実に変わりはない」
「倉庫を出る時に、お礼を言われたでしょ?」
「ああ……」
ミサイル攻撃から街を守った事への感謝だった。『家族を救ってくれてありがとう』——兵士たちの歓喜が、オレを包み込んだ。
「少なくとも堅ちゃんは、救える命をちゃんと守ったんだから」
十四歳の少女の言葉とは思えない重みだった。アスマも、そしてタラールも、精神的な強さではオレなど足元にも及ばない。
「ジャックって、たまに意地悪な言い方するよね」
アスマが軽く肩をすくめてみせる。ジャックは悪戯っぽく舌を出して答えた。空気を読んだような二人の仕草に、張りつめていた空気がわずかに和らいだ。
「貴族階級だけ残ったって、労働力がなければ国は滅ぶんじゃないの?」
「そうだね。その貴族たちが、それを理解していないから、そう遠くない未来にこの国は世界地図から消えると思うよ」
「それって、何処かの国が助言したりしないのかよ」
「しても聞く耳を持たないだろうし、近隣諸国はむしろ、この国が傾いたら奪い取ろうと考えているんじゃないかな?」
しかしその思惑は、アメリカとNATOによって打ち砕かれた。原因はドゥラの存在だ。
……こうなってはなおさら、難民を受け入れてくれる国なんてないだろう。




