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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第七章:悪魔の巣穴(中東)

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第78話・存在しないテーブル

「時間はどのくらい残っている?」


 リーダーがタブレットの男、自称・張飛(チャン・フェイ)に尋ねた。


「どうやら明日中には総攻撃が始まるようです」

「なんだよ、えらく急じゃねぇか」

「ま、急ぐ理由は色々ありそうですが」


 彼は、タブレットの画面を皆に見えるように向け、ネットニュースの動画を再生した。


「ジャック、このアラビア語はなんて書いてあるんだ?」


 オレはわざとジャックを指名した。張飛を相手にすると、恐ろしく疲れるからだ。


「簡単にまとめると、『ドゥラが降伏勧告に応じなかったため、明日の未明に攻撃開始する』って事」

「降伏勧告なんて……」

「うん、聞いてないよね。多分、誰も。それがNATOとアメリカの作戦なんだ。『人道的に降伏勧告をしたけど返答がない。だから仕方なく攻撃する』という大義名分の捏造だよ」


 ジャックは背もたれから身を起こし、前かがみになった。全員を見渡しながら、声を低くする。


「彼らが攻撃を急いでいる理由は、政府の裏を暴くための証拠探しじゃないかな」

「……ん? ドゥラ壊滅のために出てきたんじゃないのか?」

「それこそ建前だよ。本音は、このバジャル・サイーア共和国を傀儡(かいらい)政府にする事さ」


 傀儡政府。つまり、中東の国の一つを『自分たちの手駒にしたい』と。


「政府がここでどんな違法行為を働いていたのか。その証拠を、攻撃で消える前に押さえたいんだろう。証拠さえ手に入れば、共和国を自由に動かせる」


 政府軍がミサイルランチャーを持ち出したのは、証拠隠滅のためだったのか——。オレは、胸の奥がざわつくのを感じた。


「アメリカが、メインエネミーと見なしている国がドゥラの背後にいるのは公然の秘密。共和国を傘下に収めれば、強力な牽制になるんだよ」


 ジャックはさらに続ける。


「これは推測だけど、内戦終結後に加盟する事を条件に、現時点で共和国を加盟国扱いにしているとかじゃないかな?」

「中東の国がNATOに?」

「いや、それとはまた別の枠組みだね。独立国家共同体((CIS))への加盟を条件としたんだと思う」


 オレは皆の顔を見回した。誰もが難しい表情で目を伏せている。自分だけが置いてけぼりになっているわけではなかったらしい。

 

「CISなんて聞いたことがないけど……」

「ん~、ザックリと言うと、欧州安全保障協力機構((OSCE))という会社の中にNATOやCISという部署があると思えばわかるかな?」

「ギリギリだけど、それならなんとか……」

「要は、中東への影響力拡大のために、欧州の息の掛かった国をCISに加入させたいという思惑。この話自体は、結構前から噂に上っていたよ」


 国家において、無償の善意は存在しない。そんな事はわかっている。


「だから、拉致被害者も捕虜も、まとめて消そうって腹だろうね。いなかった事にするか、『すでに殺されていました』とでも言うのか」

「救いがないな……」


 アメリカも共和国も、やっている事は同じだ。オレには先進国が繰り広げるこの腹の探り合いが、反政府活動をしている者たちよりも、よほど汚く思えた。


「ついでにもう一つ聞いていいか?」


 ジャックは黙ったまま頷いた。


「キングがさ『共和国は、ここの人たちを捕虜にしたくない』って……」

「うん、間違いないと思う。この国は、人的資源を必要としない思想が根底にあるからね」


 戦争で得るものは領土や資源。そして労働力——なのに、この国は違うという。


ズー・セオリー((動物園政策))って聞いた事は?」

「いや……」

「魚の捕り方を教えず、魚を与え続ける。すると、やがて独立心を失い、為政者に依存するようになる。ここの国民は、それの成れの果てだよ」


 つまり、政治に都合のいい国民だけを残し、元テロリストの捕虜など入れるのは思想的にも財政的にもマイナスだという事か。


「でも、こっちにも政府軍の捕虜がいるだろ? NATOやアメリカの監視の元なら、交渉材料にできるんじゃないか?」

「残念ながら無理だと思う。もし釈放を条件に民間人を助けろと言えば、今度は『財政破綻』を理由に放置される。ドゥラにいる人たちが他国へ流れるしかなくなるようにね。捕虜に価値はない。話し合いのテーブルなど、最初から存在しないんだ」


 この国の人たちは戦争に負ければ死ぬしかない。他国へ逃げても受け入れられる保証はないし、国境までたどり着けるかもわからない。


 ……この国の国民は、こんな酷い現実の中で生きているのか。


「それに……」

「それに?」

「捕虜は、すでに処刑されてるよ」

「——なんだって?」


 オレは思わず立ち上がっていた。


「君が倒した緑のHuVer(フーバー)は憶えているよね?」

「もちろんだ。ほんの数時間前の事なんだから」

「あの機体のリアコンテナにTNTが積まれていたんだよ」

「TNT? ……って、爆弾!?」


 HuVerの背面には、用途に応じて様々な装備を装着できる。工事用なら“工事中”と書かれた電装看板や信号、軍用ならば銃火器の弾倉BOXや近接武器のマウントラック。


 そして最も汎用性が高いのが、簡易型収納BOXのリアコンテナだった。大きさはメーカーによって差はあるが、平均して漫画喫茶の個室を少し小さくしたくらいの容量がある。


「マジか……」

「可能性があるとは思ってたけどね」

「教えてくれよ」

「あれ? 離れた方がいいって言わなかった?」


 ……あ、言ってた。


「突っ込んで自爆しようとしていたのか」

「ちょっと違うかな。あの機体が向かってきた時、射撃が止んでいたでしよ?」

「味方を撃たないためじゃないのか?」

「ん~、半分正解」


 ……半分? ならば、あとの半分はなんだと言うのだろうか?

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