第77話・リスト
「こいつが味方だって?」
そもそもこいつは、オレを拉致した張本人じゃないか。とてもじゃないが、味方などと思いたくもない。
「まあ、そんなわけで、藤堂さん。約束は覚えてます?」
「……壁に頭打ちつけて忘れたいぜ」
約束とは、オレたちが逃げる時に、この男も連れて行く事。さらには、NATOか米軍に保護を求める際、彼も拉致被害者だと偽証する事まで含んでいた。
「なら、妹さんの頭も打ちつけるのですか? 彼女も知っていますからねぇ。あ、手伝いが必要なら言ってください」
「……お前、本当に性格悪いな」
「褒めないで下さいよ、藤堂さん」
だが、その見返りは大きい。オレが偽物だという事実を、ハリファに知られないよう情報を操作する事だった。
正直かなり助かる取引だ。ハリファに流れる情報をコントロールするだけで、オレたちの生存率と行動範囲は格段に広がる。
タブレットの男の言動はほぼ信用できない。だが、一つだけ確かな事があった。それは、この傭兵部隊と繋がりがありながら、オレや穂乃花に関する情報を一切もらしていなかった点だ。
決して義理堅いとは思わないが、この一点に関しては、約束を守っている証明と言える。
「これをお渡ししておきましょう」
「ん?」
彼はタブレットからマイクロSDカードを抜き取り、オレに手渡してきた。
「これがあなたに支払う対価です」
「こんなもの、どうしろと……」
「ドゥラに関するデータのバックアップです。あなたのお仲間が欲しがっている情報があるかもしれませんよ?」
無意識に視線が流れた。『この中の誰が?』と。タラールやアスマが欲しがるとは思えない。リーダーやキングはデータより破壊を好むタイプだ。可能性があるとするならジャックだが……
「いえいえ、違いますよ。皆さんを見ても無駄です」
「はあ?」
「日本にいる、あなたのお仲間です」
「なんでお前が……!!」
望月部長や言問先輩の事を、なぜこいつが把握しているのか。オレの大事な人たちを、まだ巻き込むつもりか――そう思った瞬間、怒りが爆発した。気づけばタブレットの男の胸倉を掴み、拳を振り上げていた。
「まあ、落ち着いてください。私は協力者ですよ」
「どっちの協力者かわからねぇけどな!」
この期に及んで平然としているタブレットの男。オレが殴らないと高を括っているのだろう。その飄々とした態度が、無性に苛立たしい。
「オレに殴られない理由があるなら言ってみろ!」
「そうですね。では、これが理由です」
タブレットの画面が、オレに向けられた。人の名前の羅列……なんのリストだ?
「そのSDカードにも入っている中で、最も重要なデータです。まあ、あなたが活用できるとは思えませんが」
いちいち嫌味を交える言い方が、神経を逆撫でる。素直に『日本に送れ』と言えばいいものを。
「おい、タブレット」
「酷くセンスのない呼び方ですね。私には張飛という名前があるのですが」
「また嘘くさい名前を使いやがって」
張飛は三国志の武将。日本の子供でも知っている名前を偽名にするとは、ふざけているとしか思えない。
……物語のように、仲間に裏切られて死ぬぞ。
「おい、張飛」
「あれ? 私のほうが目上だと思いませんか?」
「クソッ……張飛さん」
「はい、なんでしょう? クソは余計ですが」
……ほんっとこいつは、嫌味を混ぜないと会話ができないのか?
「このリストはなんだ?」
「上海の医美ですよ、闇医者ですけどね」
「医美?」
「ああ、失礼。医療美容です。日本では美容整形と言いましたか。アイドルさんもよく利用していますよ。その筋では有名な医者ですね」
アイドルの整形疑惑なんて、世界中どこにでも転がっている話だ。今さらそんなリストが出てきても、特に驚きはしない。
「それがどうしたってんだよ」
張飛はリストの一か所をトントンと指で示し、得意げな笑みを浮かべて言った。
「ここ、見覚えありませんか?」
……そこに書かれていた名前は[Takao・Kadohashi]。見覚えどころか、忘れようのない名前だった。
「数年前に病死した、会長の次男だ」
「ん~、残念。五十点です」
「どういう意味だよ」
「生きていますよ。別人になって」
「なっ……」
死んだはずの男が生きている? しかも整形して別人に成りすましているというのか。
「ね、ここであなたが知っても意味のない話でしょう?」
悔しいがその通りだ。砂漠の真ん中で一億円の札束を抱えていても意味がないように、このデータと今の話は、オレが持っていても役に立たない。
そもそも、どこまで重要なのかもわからないし……これは、望月部長に預けるのが最善手か。
張飛はオレの表情を読み取ったようにニヤリと笑い、別の名前を指した。
「……エイブラヒム? これは誰だ?」
「ま、わからなくても仕方ありませんが……ですが、あなたもよく知る人の名前です」
「だから、誰なんだよ!」
「それはまだ教えられません。知らないでいてくれた方が、皆のためです。まあ、すぐにわかるでしょうけど」
ここまで話を広げておきながら、最後は『教えられない』ときた。肝心な部分はうやむやのまま。粗末なB級映画を見せられた気分だ。
ただ、一つだけひっかりを覚えた。『知らない方が皆のため』という部分だ。オレが、『エイブラヒム』と口にした瞬間、周囲の雰囲気がわずかに変わった気がした。よほど重要な人物なのだろう。もしかしたら、誰かの過去に関わる名前かもしれない。
もしそうなら不用意に首を突っ込むべきではない。時がくれば、彼らの方から話してくれるはずだ。
「あ、そうそう。よろしければ紹介しますよ、腕のいい医療美容師」
「……いらねぇよ」




