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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第七章:悪魔の巣穴(中東)

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第76話・追加料金

「あの声は……藤堂堅治、本物の藤堂堅治だ」


 この一言で、部屋はたちまち沈黙に支配された。エアコンが吐き出す低く単調な音だけが部屋に響き、湿気を帯びた生ぬるい風が、壁に染みついたタバコの臭いを運ぶ。


 ――むせるような感覚は、空気のせいか、それともプレッシャーのせいか。


「オレは、藤堂堅治と間違えられてここに連れてこられたんだ」


 先ほどの戦闘で、日本にいる()()()藤堂堅治との会話を、傭兵団の全員に聞かれてしまった。これは、特殊な広域通信であるstealth(ステルス)-seed(シード) system( システム):通称トリスを使い、彼のレクチャーを受けながら戦場を駆け抜けたからだ。


 通信教育を受けながらの実戦。それは、素人同然のオレが生き残るために、望月部長が提案した策だった。


「この事がハリファにバレたら、オレも穂乃花(ほのか)も間違いなく殺される。……皆を、信用していいんだよな?」

「どうやら、かなり複雑な事情がありそうですね」


 ジャックは一同を見渡し、静かに口を開いた。


「改めて聞くけど、No.10、君は誰なの?」

HuVer(フーバー)設計技師、零士・ベルンハルトだ」


 ハリファの目的は最新型HuVerの戦場投入。それに関してはこの場の誰もが納得できる話だった。戦時下においては珍しい事ではない。


 オレは続けて、藤堂堅治が急病で入院した事や、彼を手駒にするために妹の穂乃花を拉致した事まで、起こった事の全てを話した。


「なんだそりゃ! そんな理由で穂乃花さんまで拉致るのかよ!!」

「ああ、確かに酷い。お前らが一方的にとばっちり受けただけって話だよな」


 キングが怒り、そしてリーダーが共感を示した。それでなにかが変わるわけではない。それでも、オレや穂乃花の事で怒ってくれる気持ちに、少しだけ胸が熱くなった。


 本来ならば藤堂堅治が拉致されて、この戦争に駆り出されていたはずだ。日本ではテロリストとして扱われ、真実は闇に葬られる。最終的にすべての責任を彼に押しつけ、角橋のスキャンダルも闇に消す――そんなシナリオが用意されていたのだろう。


 しかし、藤堂堅治の代役として、オレが渡航するというイレギュラーな事態が起きてしまった。


「でも、それだと一つわからない事があるよね?」


 そう、この話には一つだけ矛盾点がある。ジャックは()()に気がついたようだ。


「戦争に参加させる目的なら、ここにくるのはベテランオペレーターが最適解のはず。それなのに、なぜ設計技師の君がここにいる?」

「……オレが聞きてぇよ」


 角橋もドゥラも、わざわざオレを選ぶ意味がない。それは最初からわかっている。


「つまり、本来の拉致計画とは、()()()()()()()()()が介入してる可能性があるね」

「——っ」


 ジャックの推理に思わず息を飲んだ。


「まだ、他にも敵がいるのかよ……」


 今迄は、ドゥラが織田真理を使ってオレを拉致したのだと思っていた。それ以外に答えが見つから無かったからだ。——矛盾は感じていた。それでも、そこに第三の意思があるなんて、まったく考えが及んでいなかった。


「……ところでこの先、名前はどう呼べばいい?」

「好きでいいさ。藤堂でもNo10でも。ハリファにバレなければなんでもいい」

「じゃあ、考えておくよ。とりあえず藤堂。これからどうするの?」

「もちろん生きて日本に帰る。穂乃花とアスマ、タラールを連れて」

「そうさじゃなくてさ……」


 ――その瞬間、ジャックの目つきが、傭兵特有の冷たい光を帯びた。


()()()()()()()()?」


 そのひと言に、オレの心臓が大きく跳ねる。口から心臓が飛び出さんばかりの勢いだった。


「どうなんだろう……それが正しいのかすら、わからなくなってる」


 そもそも、オレにとっての復讐の相手は誰だ? 拉致を指示したハリファ? テロ組織に与している角橋と織田真理? それとも第三の意思か?


 ……そんなの、わかるはずがない。


「少なくとも今は、生きて帰る事しか頭にないよ。それに、日本は日本で仲間が動いてくれているはず」


 望月部長や言問先輩、面識すらない藤堂堅治。事件の真相は彼らに任せるしかない。中東(ここ)からでは、日本でなにが起きているかまったくわからないのだから。


「皆こそどうするんだよ。死ぬつもりなんてないんだろ?」


 反政府組織ドゥラは、すでにNATOと米軍に包囲されている。兵力差は圧倒的。二万対二千。どう足掻いても一筋の勝ち目すらない。


 ……攻撃が始まれば、ドゥラは半日も持たずに壊滅するだろう。


「さあな……」


 しかし、そんな現実をわかっていながらも、リーダーは素っ気なく返すだけだった。


「さあなって、なにも決めてないのか?」

「悪いかよ。目的のためにどこに行くのがベストなのか、その時にならないとわからねぇんだよ」

「目的って、傭兵チームの?」


「――クソ兵士をぶっ殺す!!」


 いつになく哀しげで、怒りに満ちた声。


「俺個人の、だ」


 婚約者を殺した兵士への復讐。アスマの姉でもある女性が、両親ともども無残に殺された事への報復。それは、彼にとって当然の感情であり、足枷でもあり、そして……生きる糧でもあった。


 いまだに肯定はできない。それでも、リーダーやアスマの心に平穏が訪れてくれるのなら、と思う自分もいる。


「でも相手がわからないんじゃなかったのか?」

「それがね、バジャル・サイーア軍のデータベースを調べもらって、ついさっきわかったんだ」

「調べてもらったって誰に? 軍の機密情報なんて、そんな簡単に手に入るものじゃないだろ」


 ジャックの人脈はわからないが、軍のセキュリティから情報を抜くなんて、普通は不可能だ。



「——当たり前でしょう。簡単に手に入る情報に、たいした価値なんてありませんよ」



 部屋の入り口から聞こえた声に、オレは本能的に身構えた。頭で考える必要がないくらい、脊髄反射で否定すべき男がそこにいる。


 嫌悪感をあらわにしたのはリーダーもだった。ドアの脇に立つ、タブレットを持った男に不機嫌な視線を向けた。


「もう金は払っただろ。なにしにきやがった?」

「つれないですねエースさん。そんなに嫌わないでくださいよ。おまけの報告を持ってきてあげたのですから」


 タブレットの男は、折り畳まれた紙の切れ端をリーダーに差し出す。


「追加料金は、あなたの命かもしれませんよ」

「——っ」


 リーダーは、そのひと言を聞いてなにかを察したようだ。紙を奪い取り、震える手で開くと、タブレットの男を睨みつけた。


「これは間違いないのか?」

「ええ、もちろん」


 リーダーがニヤリと笑う。なにかが、体の奥底から湧き上がってきているようだ。時々肩を揺らしながら、小さく笑いを漏らしていた。


「なんでリーダーとあの男が……」

「大丈夫。タブレットの彼は、最初から味方だから」

「……は?」


 ジャックに言われても、今回ばかりは素直に頷けなかった。オレを拉致した、この胡散くさいタブレット野郎が味方だと?


「……悪い冗談だろ」

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