↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 黒猫ぽん!
第七章:悪魔の巣穴(中東)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/91

第83話・命の値段

「ハード、遅せぇぞ。なにやってたんだ」


 オレの顔を見るなり、リーダーが悪態をついた。火のついていない葉巻をくわえ、暇そうにしている。


「油を売ってたんだよ」

「なっ……お前、HuVer(フーバー)用オイルなんて持っていたのかよ。ったく、そういうもんは先にこっちにまわせや」


 勘違いも甚だしいが、日本のことわざなど知らなくて当たり前だろう。それでもジャックだけはわかっているようだ。苦笑いを浮かべ、リーダーの勘違いを楽しげに眺めていた。


「えっと……揃いましたね」


 穂乃花(ほのか)は部屋を見渡すと、ヒビの入ったウォーターピッチャーから黒い飲み物をコップに注ぎ、アスマとともに配り始めた。


「これは?」

「ジャラブ、だそうです。ブドウの蜜とローズウォーターをミックスしたこの地域の飲み物らしいですよ」


 戦場に出ている間、残った者たちで作ってくれていたものだという。この辺りではごく一般的な飲み物らしい。


「甘っ」

「―—賢ちゃん!」


 あまりの甘さに眉をひそめた瞬間、アスマが頬をふくらませた。


「これすら口にできない人が大勢いるんだから!」

「あ、えっと……ごめん」


 ……十四歳の少女から、情けなくも人道的なお叱りを受けてしまった。


「じゃ、始めようか」


 和んだ空気を引き締めるように、ジャックが静かに口を開く。しかし——。


 ――ごきゅっ、ごきゅっ。


 静まり返った部屋に、エアコンの風音に交じって、ジャラブを一気に飲み干す嚥下(えんげ)音が響いた。


「兄貴、空気読め!」


 アスマがガンッとリーダーの足を蹴る。一瞬何が起きたのかわからなかったのだろう、彼はキョロキョロと見回し、ハッと気づく。みんなの視線を察したリーダーは、『すまねえ』と照れ笑いをこぼした。


「それじゃ、改めて……」


 居住まいを正して、ジャックは話し始める。


「あと一つ、必要なものがあるんだ。Spectrum(スペクトラム) Damper(ダンパー)、砕けて言うと、妨害電波装置だね」


 敵前逃亡を図る機体は、ドゥラ軍のレーダーですぐにバレてしまう。オレたちが逃げる時、その電波網を潜り抜けるために必須の装置らしい。


「そんなもの、どこにあるんだ?」

「ん~、ファトルさんが持っていそうですねぇ」


 張飛(チャン・フェイ)が、タブレットを操作しながらつぶやいた。


「は? 誰だよそれ」

「市街地にある、資材調達屋さんですよ」

「おい、お前も同業だろ」

「守備範囲が違うので。ライトのイチローが三塁の球を取りにいかないでしょう?」


 ……こいつ、自分をイチローに例えやがった。


「張飛の言う通り、多分ファトルの店にあるよ。必要なのはAN/XLQ-13 、通称“ヴェール”と呼称されるタイプの物だ。こいつでしか、ドゥラの通信領域に干渉できない」

「なんで今なんだ? もっと早く準備しておけただろ」

「ハード、少し考えてみようか。|妨害電波装置《Spectrum Damper》の使用目的は?」

「レーダーの妨害だろ?」


 彼はうなずき、まるで教師のような立ち振る舞いで言葉をつづけた。


「そこで問題になるのは、そ(・)の(・)妨(・)害(・)対(・)象(・)が(・)ど(・)こ(・)な(・)の(・)か(・)ってことなんだ。ドゥラの通信領域に割り込める機種。そんなものを購入した時点で、必ずどこかからかハリファに漏れてしまう」

「疑われたらその時点でアウト――って、そうか! このタイミングで脱出を計画したのって……」

「うん、君の推測通りだよ」


 米軍とNATOが攻めてきている今なら、こちらに注意が向く可能性が低い。装置を直前に調達するのは、この混乱でハリファにまで情報が届かない可能性もあるからだ。


 ……ジャックは、そこまで読んで計画していたのか。


「それで、いくらするんだ……?」

「二十年前のパキスタン事例に使われた物だと、当時で二百六十万ドルってとこ」

「……って、六億円!?」 

「そもそも民間に出回らないものだから。企業同士の価格競争もほぼ起こらない」

「そんなもん買えるわけがないだろ」


 正直、高額な数字に脳が追いついていなかった。……月々三十万に届かないサラリーマンには、縁のない桁数だ。


「軍の横流し品なら二百万ディルファムってところだろうね。五十年落ちのレガシーレベルだけど」

「それでも九千万円もするのか……」

「君と穂乃花、そしてアスマとタラール。四人の命がそれで買えるんだ。高いと思うのかい?」


 部屋の隅でコッソリと手をあげる張飛。五人目の主張をしているのだろう。


「まあ、安心しろ。その金は俺らが出してやる。タラールやアスマの未来のためだ。その代わり、買いつけには自分で行けよ」


 リーダーが男気を見せ、キングとジャックがサムズアップで答える。


「命の値段、か」


 ……たしかに、高いか安いかなんて問題じゃないな。


♢


 HV倉庫から五分ほど歩いたところに、件の男の倉庫があった。鉄くずなのか、まだ使えるのか、わけのわからない物体がそこら中に積み上げられ、店内に太陽光が入るのを妨げている。


 一歩足を踏み入れると、あまりの暗さに一瞬視界がゆがみ、思わず足を止めた。


「誰だ……」


 奥の方から声がする。しかし闇に閉ざされ、姿は見えない。オレは一歩一歩床の感触を確かめながら、ゆっくりと進んだ。


「あんたがファトルか?」


 目の前に現れたのは、マッシュルームカットの男だった。その鋭い眼光は、明らかにこちらを値踏みしている。


「……何の用だ?」

「ヴェールが欲しい」


 ――その瞬間、男に殺気のようなものが走った。


「何に使うつもりだ」

「それは聞かないのがルールじゃないのか?」


 ファトルは舌打ちをして指を二本出した。これは一本あたり百万ディルファムを表す。ジャックの推測通りの金額だ。


 ―—だが、この金額を馬鹿正直に出すつもりはない。


「仕入れはその半分くらいだろ? ぼったくりすぎだと思わないのか?」


 リーダーたちみんなで出してくれる金だ。申し訳ない気持ちが先に立ち、『少しでも値切らないと』と交渉を始めた。


 しかし――男は黙ったまま、指を三本に増やす。オレの頬に、背中に、ツーっと冷たいものが流れた。


「ま、待てよ。軍の横流し品なのはわかってんだぜ? そんな禁制品を……」


 スッと指がもう一本上がった……


「待て待て、待ってって!」


 ……どうやら、俺には交渉の才能なんてなかったらしい。


♢


「お帰り、どうだった?」


 オレが部屋に戻ると、ジャックは偵察ドローンのモニターから視線を上げた。脱出作戦の肝となる機材だけに、相当気になっていたのだろう。


「ああ、あったよ……」

「大体相場通りだったでしょ」


 オレは口に出すことができずに、恐る恐る小さく手を開く。


「え……五百万ディルファム?」 


 ジャックの目が、丸く見開かれたまま固まった。


「おまえ……おつかい一つ出来ねぇのかよ」

「お、俺の老後が……」


 続けて聞こえたのは、リーダーの呆れ声と、キングの嘆き。


 ……面目ない。



ご覧いただきありがとうございます。


作風が気に入って頂けましたら、この”あとがき”の下にある☆☆☆☆☆をポチっと押していただけるとありがたいです

ブックマークも是非是非よろしくお願いします。


今後とも続けてご覧いただけると幸いです! 


©2019 幸運な黒猫 All Rights Reserved.無断転載・引用禁止。

著作権は作者に帰属しています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。