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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第二章:信条・愛情・陰謀論(日本)

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第7話・渡りに船

「あら、おはよう藤堂さん。大丈夫ですか?」


 朝一番で声をかけてきたのは、人事部の織田真理女史だった。


 タイムカードを手に取り、ぽっかりと開いた欠勤の空欄をため息交じりに見つめていたら、後ろから女史が声をかけてきたのだった。『大丈夫?』とは入院の事なのか、はたまた()()()()()

 

「ええ、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」

「寄生虫を食べたんですって?」


 ……おい、言い方。


「はは……アニサキスですね。イカ刺しの中に潜んでいました」

「あれって、相当痛いって聞いた事があります」 

「痛いなんてもんじゃないです。もうこの先死ぬまで魚介類食いたくないってなりますよ」

「それは大変でしたわね」


 と、織田女史は明るく笑いながらタイムカードに刻印する。しかし、次の瞬間――彼女の表情がわずかに曇り、手元を不安げに見つめていた。


「どうしたのです?」

「え?」

「いつもと感じが違うというか……なんか悩んでます?」


 俺は体を少し屈め、彼女の目線に合わせてから尋ねた。身長が195センチもあると、こういう時に少し不便さを感じる。


 織田女史は視線を落とし、戸惑いと躊躇(ためら)いを含めた微笑を浮かべながら、小さく『うん』と頷き、覚悟を決めたように視線を上げてきた。


「あの、お話があるのですが……今日どこかで時間とれますか?」


 ……と言われても。あまり好ましくない噂もあるし、同僚に見られると厄介だ。


 そもそもなんで俺は『悩んでます?』とか自分で地雷を踏みに行ったのだろうか。そう思いながら、断る口実を探す為に脳味噌がフル回転している時だ。織田女史の口から断れないひと言が飛び出した。


「多分、あなたのテロリスト報道にも関係があると思うのですが」

「――っ」


 あの報道以来、本社の入り口にはマスコミが詰めかけていていた。迷惑な事この上ない。道路にはみ出て脚立に乗ったり、点字ブロックの上にカメラの三脚が並んでいたりと、通行の邪魔にもなっている。


 これだけ大きなニュースなのだから当然といえば当然。正直仕事の邪魔にしかならない。しかも、その原因が俺って事になっているから、社員の視線が痛くてしょうがない。


「あまり人に聞かれるとまずいので。お願いします」


 織田女史に視線を戻すと、周りの目を気にしてか警戒の色を強めている。俺の方もモヤモヤしたものがずっと頭の中にあったから、ここは“渡りに船”と考えるべきか。


「わかりました。時間と場所を決めておきましょう」


 



 ――事件の起こりは四日前だった。


『日本政府、身代金の支払いを拒否!』


 病院の薄暗い個室で、俺はその見出しを凝視していた。白いシーツの下で、心臓が不規則に跳ねる。ニュースははっきりと告げている。拉致されたのは藤堂堅治――この俺だと。


 だが、事実は違う。ドバイ出発前日の夜、耐えがたい激痛に襲われ、俺は緊急入院した。代わりに支社から急遽派遣されたHuVer(フーバー)の設計技師が、ドバイで連れ去られた。会社はそう説明した。


 にもかかわらず、拉致被害者として世界中に拡散されたのは……俺の名前だった。


 俺が所属するのは、世界シェア30%を握るHuVer製造・流通の巨頭、角橋重工。そんな大企業が、入院中の社員と代理で出張した社員を間違えるような事はしないだろう。この一連の報道はなにかがおかしい。


 ――しかし、本当の問題はまた別にあった。


 それは、拉致されたとされている俺が、実はテロリストの一員だったと報道された事だった。当然、日本中が騒然となる。問い合わせの電話が殺到し、本社社屋の前にはマスコミが二十四時間張りついた。


 翌日、俺のテロリスト報道は間違いだったと訂正されたが、一度広まった”悪意“は、いまだに渦巻いている。

 

 これが入院中に起こった、俺が一切関与していない、俺の拉致問題であり、テロリスト疑惑だ。





 ――PM 7:00時過ぎ。


 待ち合わせに指定したのは、駅前にある古めかしいラーメン屋。ここなら他の社員に見られても、『たまたま遭遇した』で済む。余計な勘繰りはされないだろう。


 先に入ってテーブル席に座り、とりあえずのビールと唐揚げ、豚の角煮を注文。しばらく魚介類は避けたい気分だ。今はイカ焼きを見ただけでも寿命が縮む気がする。


 天井近くの壁に設置してあるテレビを眺めながら、小皿のからしをつまんで箸にのせ、角煮に塗りつけた。トロッとした甘じょっぱさにはからしがよく合う。スーッと鼻に抜ける辛さに軽くむせながらビールを一口。


「ふう……」


 久しぶりの黄金色との再会に感激している所で、店の入口がガラッと開く。そこにいたのは、ラフな私服の織田女史。彼女は店内を見渡すと、パンプスをコツコツと鳴らしながら俺のテーブルに近づいてきた。


 意外、と言ったら怒られそうだが、職場で接する彼女のイメージとはかなりかけ離れた感じがする。


「待たせちゃいました?」

「いえ、自分もまだ飲み始めたばかりですよ」

「って、肉ばかりじゃないですか。油と塩分も多すぎですよ」 

「病院じゃ食えなかったから……」

「当たり前です! 栄養の偏りは身体を壊しますよ。運動部だったからって過信しないでください」


 う~ん、食いたいものを食わせてくれ。それはそれとして、なんか俺以上に場慣れしているように見える。


「あ、おじさん、烏龍茶とキャベツ炒めね。あと、野菜スティックも二人分お願い」


 常連感とでもいうのか、大将も『あいよ!』なんていつもよりも元気な声出ている。……ところでその野菜スティックって、俺の分も入っていそうなのですが。


「それで話ってのは……」

「そうね。先に結論からお話します」


 俺は無意識に固唾を飲み、織田女史の言葉を待った。彼女は少し影をおびた表情になり、伏目がちに口を開く。


「当社社員の拉致、そして一連の報道。全て仕組まれています」



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