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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

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第75話・約束の続き

「藤堂、その結論は急がない方がいい。そのリストの名前を全て検索してからでないと答えは出ないと思うぜ」

「あ、ああ。そうだな、すまん」


 我ながら短絡的。なぜこんな物騒な考えになってしまったのか。ここ数日、ずっとそんな世界を見せられてきたから、思考が偏ってしまったのだと思いたい。


「でも、とりあえず、殺人リストではなさそうです」

「え、そうなの?」

「ここを見てください」


 と、織田さんが画面の一部を指差した。


「えっと、Maki(マキ)Kuroiwa(クロイワ)/Makiko(マキコ)Kato(カトウ)、それから、Naomi(ナオミ)Ayase(アヤセ)/Naoko(ナオコ)Yamada(ヤマダ)……この辺りだけ、二人一組になっていますね」

「それ、左側はアイドルの名前ですよ」

「とすると、右側が本名とか?」


 世界中の名前の海に、亡霊とアイドルが紛れ込んでいる。本名で記された者、芸名だけの者、死者と生者。共通点は、依然として見えない。


「やはり、端から調べるしかありませんね」


 ――キキィッ!


 その瞬間、鋭いタイヤの悲鳴が夜の闇を切り裂いた。バックミラーが眩い光を弾き、後方に漆黒の高級車が忽然と現れる。


 直感が囁く――あれは、黒服の車だ。


「八神!」

「路地に入る、しっかり捕まれ!」


 八神が急ハンドルを切った。小型車一台が辛うじて通れる狭い路地へ、車体をねじ込むように突っ込む。土地勘のない者には真似のできない芸当だ。ここなら、車幅の広い追跡車は入れないだろう。


「あいつら、いつから尾けていたんだ?」


 決して会話に気を取られていたわけではない。口を動かしながらも、周囲の警戒は怠っていなかった。それでも、いつ、どこで補足されたのか全くわからなかった。


「藤堂、スマホは?」

「俺と織田さんのは置いてきた。今あるのは会長たちのスマホだ」

「他になにかないか? 捕捉されているって事は、こちらの位置を知らせているものがあるはずだ」


 それはわかっている。八神の家でさえも特定されたのだから。問題はそれがなんなのか、あれからずっと考えているが、答えがでてこない。


「車に発信機が仕掛けられている可能性は?」

「ないと思う。もしそうなら、駐車場をでた時に捕まってるだろ」


 様々な、とりとめもない考えが頭の中をグルグルと巡る。しかし、そのどれもが現実味に欠けていた。 


「あ……」

「どうしました?」

「藤堂さん、その冷却システムって、言問(アレ)が持ってきたのですよね?」

「ええ、そうです」

「望月部長は『そんな物は頼んでない』って言っていませんでした?」


 そうだ、確か『危なっかしくて頼み事なんてできない』と、吐き捨てるように。


 トリスは、ダミーの冷却システムがつけられた状態で部長の手元にあった。そこに行くまでに、ただの空き箱にすり替えられていたと考えるのが自然だろう。そしてその冷却システムを、本社のスパイが持ってきた。


「まさか、冷却システム(この中)に発信機が!?」


 トリスを起動したら、通電して信号を発信する仕組みなのか。それならば、そば処やがみが特定されたのも、このタイミングで後ろの車が現れたのも、すべてつじつまが合う。


 ……どちらの状況も、見つかったのはトリスを起動した後だ。


「ふざけた会社だな、角橋ってのは」

「ああ。辞めて正解だったって心底思うよ」


 織田さんが深く頷く。彼女にとっても、気持ちの上ではすでに辞めているのだし、色々と思うところがあるのだろう。


 すぐさま冷却システムを外し、本体に繋がっている電源コードを抜いた。しかし手の中の黒い箱は、電源が入ったままで発信が止まる気配がない。


「バッテリー内蔵か。一度起動したら、電源を落としてもしばらく信号を送り続ける仕組みだな」

「面倒なものを……」


 窓を下ろし、捨ててしまおうとした瞬間――


「待ってください」


 織田さんが止めに入った。


「この車が捕捉された以上は、捨ててもすぐに見つかってしまうでしょう」

「でも、発信機(これ)をなんとかしないと」

「私が発信機(それ)を持って逃げます」


 持って……逃げる!?


「そうか、そういう事か……」

「八神?」

細い路地(ここ)に入ってこれないヤツらは、発信機の信号を見ながら、どこから大通りに出るかを判断するはず。つまり、発信機だけ別行動をとれば、他の二人は逃げ切る事ができる」


 理に適った作戦だ。——だけど、それを織田さんにやらせる訳にはいかない。


「それなら俺が持って走りますよ」

「それは……」

「この中で一番体力がありますし。八神、織田さんを頼む」


「――ダメです!」


 その声に、思わず息を飲んだ。普段の気の強さとは違う、鋼のような意志が込められていた。


「藤堂さんがいなくなったら、誰が零士クンにアドバイスできるのですか?」

「なら自分が……」

「八神さんもダメです。私も藤堂さんも道を知らないのですよ? 逃げ切る事ができなくなります」


 ぐうの音も出ない正論。確かに、この三人の中でこの作戦に適しているのは、織田さん以外にない。


「私なら、見つかってすぐに殺される事はありません。うまく誘導すればお二人の追跡を遅らせる事も可能です」


 しかし、俺は納得ができなかった。できるはずがなかった。『あなたの事を守ります』と断言した俺が、危険に飛び込む彼女を放っておけるはずがない。


「私なら、いえ、私にしかできない事です」

「駄目です。危険すぎますって」

「藤堂さん。私も、いつまでも守られるだけではいられません」

「いや、でも……」


 ——えっ!?


 振り返ったその瞬間だった。


 織田さんの唇が俺の唇に重なり、視界と思考が一瞬で白く染まる。


 跳ね上がった鼓動が耳をふさぎ、やわらかい紅唇(こうしん)の感触が心を刺激するように熱を伝えてきた。はらりと落ちる黒髪から、柑橘系の甘い香りが鼻孔をくすぐる。


 ……時が止まったかのようだった。


「やるねえ、真理ちゃん」


 八神の茶化した声がぼんやりと聞こえる。


「約束のキスです」

「え、あの……」

「必ず、私を助けにきてください」


 織田さんは俺の手を強く握り、少し悲しげに、しかし確かに微笑んだ。


「そしたら、約束の続きをしましょう」

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