第74話・隠し事
俺たちは、仕入れ用のミニバンに乗り込み、真夜中の細い路地をノロノロと進んだ。
――ライトをつけたら発見されてしまうかもしれない。
そんな不安から、月明かりだけを頼りに、歩くような速度で車を走らせるしかなかった。土地勘のある八神の運転でも、こればかりは仕方がない。
……わずか数分だったが、限りなく長く感じられた。
「もうすぐだ。大通りに出る」
「生きた心地しねえな……」
商店街の裏手を抜け、やっとの思いで片側二車線の大通りに出た。真夜中の三時半、車通りはほとんどない。エンジン音だけが、静かな夜に響いている。
「織田さん、どうです?」
彼女は後部座席に座り、街灯の明かりを頼りに、尾行車両の有無を確認をしてくれていた。
「大丈夫です、なにも追ってきていません」
そのひと言に、俺も八神も思わず深い息を吐いた。正直、銃を持った相手に怪我人ひとり出さずに済んだのは、奇跡に近い。
「ナッキーや会長さんは、大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫。なんだかんだ言っても強い爺さんたちだから」
「俺もそう思いますよ」
俺は、織田さんに笑顔を向けた。自分自身、心配しているのは確かだ。だが、あの芯の通った彼らなら、きっと大丈夫だと信じている。
「なあ八神、どこに向かっているんだ?」
「ここから海浜大通りにでて、卸売市場に向かうのがいいと思う」
「市場?」
「ああ、普段はこのくらいの時間に仕入れで行くから、その方が疑われないかと思ってな」
少し前に見えるミニワゴンも、どこかの店の仕入れなのだろう。市場に行けば、それらの車や人々に紛れ込めると八神は考えたようだった。
「四、五十分はかかるから、二人とも少し休んでおくといい」
「八神だって休んでないだろ」
「仕入れは日課だぜ。この時間の運転は慣れてんだ、気にするな」
俺は、この時間を有効に使おうとトリスを開いた。零士・ベルンハルトとの通信がいつ繋がるかわからないし、なにより、織田さんの持つUSBメモリの確認が急務と思えたからだ。
……俺たちが追われる理由は、ほぼ間違いなくここにある。
「とりあえず、データをまとめてトリスに落としておきます」
俺はファイルコピーをしながら、関連データと書かれたフォルダを開いた。先ほどとは違う情報を期待しての事だ
「新規取引先リスト……」
視察旅行で挨拶を交わした相手なのだろうか、聞き覚えのある社名や重そうな肩書きが、名刺の画像とともにずらりと並んでいた。
「これは、とりあえず普通の業者リストだな。キャバクラのお姉さんじゃなかった」
「……それで命狙われたらたまらないだろ」
他には、ドバイエキスポ出展のための契約書類、関連業者や施設の一覧など、特に怪しい物は見当たらなかった。
「大したものはなさそうだぞ」
「なあ、藤堂。三堂のヤツ、覚えているか?」
「ああ、もちろん」
同じラグビー部のレギュラーフォワードで、スクラムを組んだ仲だ。忘れるわけがない。
「アイツの部屋に行った時さ、本棚にビデオテープが並んでいただろ」
「あれか……」
なぜこのタイミングで三堂の話が出てくるのかと思ったが、懐かしい名前に少し気分が軽くなった。
「「ハットリハンゾウ」」
図らずもハモり、俺と八神は思わず笑い合った。織田さんがきょとんとした表情を浮かべる。
「三堂ってラグビー部員がいたんですけど、そいつの部屋の本棚にビデオテープが並んでいて、所々、不自然にサスケとかゴエモンとかあったんです」
「は、はあ……」
「実はそれ、アダルトビデオがバレないように、タイトルに忍者の名前書いていたんですよ」
……多分、本人は隠せているつもりだったのだろう。
「だけどあれなら、他の本やテープの裏にでも隠しておいた方がましだよな」
「――それだよ、藤堂。そのフォルダが本棚だとしたら?」
「……?」
「つまり、見られてはまずい物が隠してあるとしたらどうだ?」
このフォルダが本棚で、アダルトビデオが隠してある? ……どういう意味なのだろう。
「あ、隠しフォルダ……ですか?」
と、真っ先に反応したのは織田さんだった。
「そうそう、さすが真理ちゃん。通常は見えなくなってる隠しフォルダ」
「え、そんな事できるのか……」
「藤堂……ほんとお前、ラグビーとHuVer以外はダメダメだな」
「……」
言い返そうと思ったが……指摘通りだ。悔しいが言葉がない。
「あの、藤堂さん」
「はい……」
「一般的な隠しフォルダは、システム関連のフォルダです。少しでも触ると起動しなくなったりするので、そこにはあるけれど見えないようになっているのです」
「なるほど、解説助かります」
織田さんは俺の肩越しに手を伸ばし、右手だけで器用に設定を解除していた。以前『経理部として必要だから』と、パソコンの知識や操作を一通り習得させられたそうだ。
「あとはユーザーが……まあ、観られたくない内容の……ハットリさんとかのファイルを見えないように設定したりとか」
「はあ……」
カチャっとエンターキーを押すと、フォルダの中に今まで見えなかったファイルが現れた。
「まさか、本当に出てくるなんて」
「お、ビンゴか?」
そのフォルダにはタイトルが書いていなかった。ますます怪しい。俺は、中にあるファイルのひとつ、『changshoulu putuoqu Shanghai』と書かれているものを開いてみた。
「チャングショウル・プチュ……お、きゅ……シャンハイってのは読めるけど、なんだこれ?」
「なにが書いてあるんだ?」
「人の名前が、え~と……三ページくらい」
「そうか。わざわざ隠すくらいだ、そのリストには意味があるはず。名前は全部調べた方がいいだろうな」
八神は軽く言ったが、俺が細かい作業を苦手としている事を知った上でのプレッシャーだった。
「三百人はあるけど……」
「全部だ、ぜ・ん・ぶ!」
「マジかよ……」
これは八神と織田さんに丸投しよう。そんな勝手な決意をしながら、なんとなくリストの名前を眺めていた時、思いがけない名前を見つけてしまった。
「織田さん、これ」
「どうしました?」
「Takao・Kadohashi……」
「え、それは……病死した専務の名前ですよね」
――なぜここに、その名前が?
亡くなった角橋社員のリスト……いや、それならば隠す必要はない。ましてや、ドバイエキスポのフォルダに入っているのも不自然だ。
なにかの取引相手とか……それとも、犯罪に関わる可能性も……頭の中でさまざまな考えが駆け巡り、消えていった。
――そして最後に残ったのは。
「なあ、これ……殺人リストじゃないのか?」
※ アダルトビデオに『サスケ』等のタイトルを書いて誤魔化していたのは、作者が伝え聞いた”友人の友人“のエピソードです。




