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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

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第73話・恩返し

「——伏せて!」


 八神の鋭い声が響いた瞬間、夏希先輩は店内の明かりを一気に消した。闇が落ちるその一瞬、カウンターの陰に身を潜める裏ボスと、銃撃の反動でゆっくりと外へ開いていく勝手口のドアが見えた。


 ギイィィィ……


 蝶番(ちょうつがい)のきしむ音が、静寂の中にゆっくりと広がる。そこには、月明かりを背に受けて浮かび上がる二つの影があった。前にいる男が拳銃を構えながら足を踏み入れ、後ろの男が小型のライトで店内を照らす。


 ジリ……ジリ……と、靴底の砂を床に擦りつけて歩く音が、確実に近づいてきた。


 俺たちは息を殺し、身動き一つ取れなかった。ただ、じっと耐えるしかない。

 

 しかし俺は、この極限の緊張とは別の意味で、心臓が早鐘のように鳴っていた。八神の『伏せて!』の声が聞こえた瞬間、咄嗟に織田さんを抱き寄せてその場に座り込んでいたからだ。誓って言うが、下心は全くない。


 そこにいたのが裏ボスだったとしても、同じ行動を取って……いた……かもしれない。


 腕の中にいる織田さんに視線を落とすと、彼女は、親父さんの緊急コールで傷だらけになった片手鍋を、しっかりと握りしめていた。座り込む時に咄嗟に掴んだのだろう。


 俺は織田さんから鍋を受け取り、息を静かに吐きながら低く構えた。そして、後方の黒服めがけて、山なりに投げつけた。 


 わずかな光しかない暗闇の中、頭上から飛来する物体を避けるのは難しい。外れても大きな音がするし、当たれば思わず声をあげるかもしれない。


 狙いは、前方の黒服の注意を一瞬でも逸らす事。だから過程はどうであれ、後方に気が向けばそれでいい。


 ――カコンッ


「うがっ……」


 声と音はほぼ同時に聞こえてきた。小型ライトの光が揺れ、天井をなめ回してカチャリと床に落ちる。


 少し間の抜けた音だったが、注意を引くには十分だった。俺は右肩を突き出し、低い姿勢のまま突進した――その瞬間。


 ゴ~ン……


 まるで除夜の鐘のような、重く響く音が店内に広がった。カウンターの陰に隠れていた裏ボスが、黒服の顔に中華鍋を全力で叩きつけた音だった。


 のけぞり、力なく崩れ落ちる男を飛び越え、俺は後方の黒服にタックルを叩き込む。鳩尾(みぞおち)に肩が入り、男は『ばうっ……』と小さく息を漏らし、その場に倒れ込んだ。


「顔面にフルスイングだったな……」

「ああ……」


 予想外の行動に驚く俺と八神を横目に、裏ボスと夏希先輩は素早く黒服たちを拘束した。逃げられないようテーブルに縛りつけ、口にはガムテープを何重にも巻く。


 ……手際のよさに、ただただ感心するしかなかった。


「この二人、どうするのです?」


 恐る恐る、麺棒の先でゴンゴンと黒服をつつく織田さん。ツンツンでないところに、彼女の怒りが垣間見える気がする。


「文房具屋の次男坊が近くの交番にいるから、呼べばすぐに飛んでくるさね」


 災い転じて福となす。結果的に、夏希先輩たちが囮になる必要がなくなり、俺も織田さんもホッとしていた。


 八神はそんな俺たちの表情をチラリと見ると、『ちょっと待ってろ』と、勝手口の外を調べに行った。


 店の前では、商店街の男性陣や野次馬たちが黒服を取り囲み、威圧的な言葉を浴びせていた。『なめるなヒヨッコどもが』『おう、殺っちまうか!』『埋めるぞ』……どちらが悪人かわからないくらいの、なんとも不穏な言葉が飛び交っている。


「げ、元気ですね……」

「ここの男どもは、あのくらいしか取り柄がないからね。好きにやらせておけばいいさ」


 裏ボスが豪快に笑う。


 気性の荒さは世代のものか、それとも土地柄か。いずれにせよ、あの騒ぎは格好の目くらましになる。心配なのは、本当に飛びかかって怪我人が出ない事だけだ。


「二人とも、足元が暗いからつまずくなよ」


 周囲を確認し、戻ってきた八神が勝手口の外から声をかけてきた。


「ほら、さっさとお行き!」

「会長さん、ありがとうございます。この恩はいつか必ず……」

「離れんじゃないよ。子供が生まれたら見せにおいで。それが恩返しさね」





 息を吸い、止めて、一気に走りだす。裏庭を小走りで駆けて、民家の隙間を通り抜ける。


 時間にして三、四分くらいだろうか、草が生い茂る空き地に出た。ここは、商店街の共同駐車場として使われている広場らしい。


「ひどい草だな……」

「そう言うなよ、二週間前に刈ったばかりなんだぜ」

「マジで?」

「ああ、雑草の生命力をなめんなよ。こいつらマジで半端ないぞ」


 雑草をかき分け、小さな虫を払う。名も知らぬ草で手の甲を切り、血がにじんだ。わずか十数メートルなのに、蒸し暑さも手伝って、想像以上に体力を奪われる。


「——あれだ」


 八神の視線の先には、仕入れ用のミニバンが停まっていた。クラシックな形状に白と朱色の配色は、夏希先輩の趣味らしい。


「気づかれませんように……」


 祈りながらエンジンをかけ、月明かりだけを頼りに、ゆっくりと走りだした。


※ 日本のドアは基本的に外開きなので、海外映画のワンシーンのように、ドアを蹴破って踊り込む事はできません。特に古い家ならその傾向は顕著(引き戸は含まず)

 最初は黒服がドアを蹴り破って入り込む描写でしたが、途中で「日本の家屋でこれは無いわ」と気がつき、今の表現になりました(´艸`*)



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