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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

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第70話・裏ボス

 すでに店内は十数名のスケベ親父たちでひしめき合っていた。


「おう、客人がピンチだ。手を貸せ」

「ワシの真理ちゃんが?」

「いや、お前のじゃねぇよ。俺のだろ!」

「アホぬかせ。俺に決まってるだろ」


 ……なんで皆、『俺の』なんだよ。


「まりりん争奪戦中に悪いんだけど、ちょっといい?」


 タイミングを見計らったように声をかけたのは夏希先輩。織田さんと二人で普段着に着替え、二階から下りてきたところだった。


「外にいる黒服は二人だけど……慶ちゃん、まだどこかに潜んでいるかもしれないのよね?」

「ああ。裏に隠れていたら全然わからないからな」 


 裏庭がつながっている構造上、隠れる場所はいくらでもある。庭木や納屋の陰に潜む事も可能だと、皆が口にしていた。


 ……だからと言って捜索はできない。そんな事をしたら、『ここから逃げますよ』と自らばらすようなものだから。


「囮が走って、隠れている黒服を誘き出しましょう。堅ちゃんとまりりんはその隙に逃げて」


 理に適った提案だ。逆の立場なら俺もそう言うだろう。しかし、黙って受け入れるわけにはいかない。そしてそれは、織田さんも同じ気持ちだったようだ。


「そんな事はさせられません。皆さんが危険すぎます」


 これは表裏のない、彼女の素直な言葉だ。


 しかし、百戦錬磨の彼らはひと味違っていた。ニカッと笑い、顔に刻まれたシワを深くすると、誰からともなく口を開いた。


「真理ちゃん、舐めてもらっちゃあ困るな」

「おうよ、うちの商店街連中はそんな貧弱じゃねぇぞ!」

「……でも、銃を持っている可能性が高いのですよ?」


 織田さんがあえて『銃』と口にしたのは、少しでも恐怖心を持ってくれればと期待したのだと思う。


 ——だが、彼らは引かなかった。


「なあに、これだけの人が見ている前で銃なんか撃てねえよ」

「防犯カメラもあるからな」

「それに、スマホ(これ)で撮影ができるんだろ?」


 金物屋のゴリ爺が、スマホをブラブラさせながら言う。


 俺には誰が誰かなんてわからなかったけど、彼だけはこめかみのU字傷が名刺代わりだった。


「で、フィルムはどこから入れるんだ?」

「ゴリさん遅れとるのう。スマフォはエスデーカードだぞ」

「えすでー?」

「おいおい、このあいだ孫が入れてくれたんじゃないのか?」

「はて……?」


 大丈夫なのだろうか……いろんな意味で。


「待ってください。もし撃たれたら……犯人がわかっても、死んだら取り返しがつかないのですよ」


 これは俺の本音だった。名前すら知らない人ばかりだけど、それでも危険に晒したくはない。囮なら俺がやればいい。織田さんは八神や夏希先輩に任せれば大丈夫だろう。


 だが、昭和世代……とりわけ、団塊世代は群を抜いて頑固だった。


「兄ちゃん、図体はデカいのに肝っ玉が小さいのう」

「戦後の日本の経済を支えたのはワシらだ。血反吐(ちへど)を吐いていたあのころに比べりゃ、拳銃なんざ屁でもないわ」

「いや、しかし、そうは言っても……」

「しかしも駄菓子もねぇ」

「ワシらは真理ちゃんのためにやるんだ。勘違いするなよ、ヒヨッコ」


 八神が軽く口角を上げ、俺の肩を叩いて間に入った。


「元気な爺さん連中だな。とりあえず葬式は出さないでくれよ」

「……じゃあ、とりあえず斬り込むか!」

「会長~、俺の話聞いてました?」

「やられる前にやれば、こっちに被害はねえだろ」


 正論に見せかけて物騒な事を言いだしたのは、会長と呼ばれた白髪大髭の老人。彼が商店街のまとめ役(リーダー)らしい。


「――って、なんで日本刀なんてあるんですか」


 思わず声が出てしまった……俺のすぐ横で、”ギラッ“と光を放ちながら、禍々しくも美しい刃が踊っていたのだから。


「ラバウルに散った爺さんの形見だ。安心せい、登録証は持っとるぞ」


 ……会長さん、それはマーダーライセンス(殺人許可証)と違いますって。


「それで、な〜……夏希……さん。ワシらはなにをすればいい?」


 後で聞いた話だが、この商店街会長も相当なスケベ親父だったらしい。夏希先輩が八神家に入ったばかりのころ、ちょっかいを出そうとして奥さんに半殺しにされたそうだ。その一件以来、夏希先輩の名前を呼ぶだけでも、変によそよそしい態度になったという。


 ……ちなみに、その奥さんがナッツ婦人会の初代会長、商店街の裏ボスだ。


「皆さんは黒服の牽制をお願いします。店の前に立って、にらみを利かせてくれるだけで十分です」


 スマホを向けて撮影でもすれば、大抵の人は下手な事はできなくなる。発砲してくる可能性も低いだろう。


 それに、親父さんの緊急コールを聞いて、すでに多くの人が通りに出てきていた。そこに加わる形で、危険のない場所から見ているだけでも十分に効果があるはずだ。


「それだけか?」

「ええ、それだけで十分です。もし銃を取り出すような仕草をしたら、すぐに逃げてくださいね」


 スケベ親父たちの中から『それじゃつまらねぇな』と物騒なひと言が聞こえてきたが……気づかなかった事にしておこう。


「その後、私と竜ちゃんが勝手口から出て、隠れている黒服を誘き出します」

「でもナッキー、もし捕まったら……」

「大丈夫。すでにナッツのみんなが待機しているから問題ないよ」


 逃走ルートは決まっていて、すでに要所要所に人員が配置されているそうだ。


「裏庭に潜む黒服が釣れたら、堅ちゃんとまりりんは全力で逃げて」

「俺は藤堂たちに同行するぜ。車があった方がいいだろ」

「八神……」

「あ、お前のためじゃないぞ。真理ちゃんのためだからな」


 照れ隠しか、八神はわざわざつけ加えた。


 その時、勝手口から――ガチャリと音がした。誰かがドアノブを回した音だ。瞬間、皆が手に持つ武器を構え、緊張が走った。


 古いアルミ製のドアが、ギイィィ……と音を立ててゆっくり開いた。


「あ、会長」


 と、顔を見るなり駆け寄る夏希先輩。皆の視線の先にいたのは、恰幅のよい初老の女性だった。


「ああ、よかった。まだ始まってないわね」


 この女性こそ、ナッツ婦人会のリーダーであり、商店街会長の奥さん


 ——つまり、商店街の裏ボスだ。

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