第65話・点と線
〔皆しっかりしろよ。この画像の男は岸破茂夫、今の総理大臣だろ〕
「……あっ」
そうだ。確かにこれは、現日本国総理大臣・岸破茂夫その人だ。
〔ただ、この時はまだ閣僚入りすらしていないはずだ。確か超党派の議員連盟で視察に行ったんじゃなかったか?〕
「ええ、その後すぐに総理になったんですよね?」
――岸破総理の経歴は、調べれば調べるほど異様だった。
三年前、実績らしい実績のなかった二世議員が突然閣僚に抜擢され、数ヶ月後には異例の速さで総理の座に就いたのだ。
〔まあ、あれだ。極めて高度な政治的判断ってやつだな〕
「それは、打算と権威主義って意味ですね」
八神の皮肉たっぷりのつっこみ。『いい切れ味だ』と、部長は大笑いしていた。
岸破の父親は、次期総理最有力と目されていた大物政治家だった。しかし総裁選直前、乗っていたEV車が突然炎上し、夫人とともに帰らぬ人となってしまう。
独り残された岸破茂夫は父親の意思を継ぎ、弱冠四十歳にして総裁選への立候補を表明。党の幹部は『彼を担げば次の衆参同時選挙で有利に働く』と計算し、対立候補を潰して強引に就任させた。
……まさしく打算と権威主義だった。
その後、連日のマスコミ報道が悲劇の物語を演出し、彼は”悲運を乗り越えた総理“として見事に祭り上げられていく。
「それにしても、この画像でよくわかりましたね」
〔何度か会っているからな。自衛隊ルートで、角橋は相当太いパイプを持ってるんだよ〕
HuVer開発を理由に、角橋重工と自衛隊とは密接に関わっている。他社を出し抜くため、わざわざ北富士演習場の近くに支社を置くほどだ。
……会社と総理の間柄も、想像以上に深いのだろう。
「これが、俺たちが命を狙われるほどの情報なのでしょうか?」
〔いや、岸破が議員連盟の一員としてドバイを訪れた事は、ネットに転がっている程度の情報だ。それ自体は原因じゃないだろう〕
当時のドバイは、民間・公的を問わず世界中から視察団が集まっていた。だから、各国の要人が写り込んでいても不自然ではない。むしろ、いない方が奇妙だ。
「でもこれってさ……ドゥラの人間が入り込んでいても、わからないよな」
――その時、八神が核心を突くように言った。
「日本ですら犯罪者やスパイが潜り込んでくるんだ。陸続きのドバイなんて、ドゥラだらけじゃね?」
「テロリストが写り込んでいるかもしれないって?」
「可能性は十分にあると思う。ただ、顔が割れているのならまだしも、そこにいるのが組織の構成員かどうかは……」
当然の話だ。明確な犯罪者が写っていれば、隠蔽する理由になる。しかし、誰かもわからない中東の人間が写り込んだだけで、人を殺す理由にはならない。
「だけど、角橋や岸破がドゥラと接触した可能性はあるだろ?」
「接触していない可能性も否定できないだろ?」
これを証明するには、当時その場にいた全員の素性を調べなければならない。理論上は可能だが、現実には不可能。
……これはもう、悪魔の証明だな。
「あ、藤堂さん止めて……」
織田さんは画像の一点を指差した。
「この人とこの人……」
「どうしました?」
「藤堂さん、五億円横領事件は覚えてます?」
そこに映るのは、パーティー会場らしい華やかな場面で肩を組む二人の男だった。
ひとりは会長の次男、つまり現社長の弟だ。彼は当時、角橋重工の専務職にあった。もうひとりはその秘書官。次男が社会人になってから二十年以上も支え続けてきた、信頼の厚い縁の下の力持ちだった。
二人はグラスを手に、上機嫌で笑っていた。
――しかし
「帰国してすぐに、秘書官が五億円を横領して姿を消したんですよね?」
「ええ、そしてその直後、専務は心不全で亡くなっていますわ」
葬儀は近親者のみでひっそりと行われた。角橋重工の会長の次男で専務、これだけ地位と名声があるにも関わらず、だ。『五億円もの大金が絡む陰謀論が飛び交ったせいだ』と、関係者は語っていた。
「この二人がどうかしたんですか?」
「集中しすぎていませんか?」
「……集中?」
「それまでドゥラは、単なる政治団体でしたよね? 岸破茂夫は実績のない一介の議員。それが同じ時期に、突然テロ組織になり、日本国総理になった」
——いままでバラバラだった点が、
「そして会長の次男は病死、秘書は五億円を持ったまま行方不明」
――段々と繋がり線になってゆく。
「普通に考えれば、これらを繋げるのは馬鹿げています。ですが、あまりに時期と場所が集中しすぎていると思いません?」
――その瞬間、部屋の空気が変わった気がした。
総理も秘書も専務も、関係者全員が同じころにドバイにいた。そして事件や事故は帰国後数カ月以内に集中して起こっている。
ここまで重なると、偶然のひと言では片づけにくい。そして、そこにテロ組織・ドゥラが絡んでいる可能性を完全に否定できなかった。
ただ……相手は現職の日本国総理、そして行方不明者と死者だ。どうやって調べればいいのか、まったくわからない。
多分皆、同じ事を考えているのだろう。部屋の中を沈黙が支配し、少し重苦しさすら漂い始めた。
その時、考え込んでいた八神がボソッと呟く。
「五億、か……」
「ん?」
「あのさ……」
誰しも子供の頃『一億円あったらなにする?』なんて戯言を語った記憶があると思う。
「五億円で総理のイスって買えるのかな?」
多分、八神はそのくらいのつもりで言ったのかもしれない。しかし、それはあまりに突拍子もなく滑稽で、皆には妄想の極みにすら思えただろう。
……でも俺はこのひと言で、点が繋がっていく気がしていた。




