第62話・隠されたメッセージ
「ったく、なにやってんのよ……こんなところで話している場合じゃないでしょ!」
「まあ、そうなんですけどね……」
「すぐに助け出す手配しなきゃ」
――妹がテロ組織に捕まっている。それは紛れもない事実。
だが、心配のあまり騒ぎ立てるわけにはいかない。その理由は明確だ。
「夏っちゃん落ち着いて」
八神は夏希先輩の手をそっと握る。
「藤堂だってそうしたいさ。だけど、本人がマスコミの誤報道で微妙な立場にいるからさ、簡単に動けないんだ」
「だからこそマスコミや政治家を動かすべきじゃないの? 普段なんの役に立ってないんだから、こういう時こそ働いてもらわなきゃ」
「今以上に話がめちゃくちゃになる可能性の方が高いんだって。ネットなんて、毎日炎上してるだろ?」
昼間の一件で、世間はすでに”わけのわからない事件“として騒いでいるはずだ。拉致されたはずのテロリストの俺が、拳銃を持った黒服に襲われて逃亡したのだから。ネットでは、知った風な顔をした誰かが、さも事実のように勝手な憶測を語っているのだろう。
——加えて、『藤堂穂乃花がテロ組織に捕まっている』なんて報じられたら、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。妹もテロ組織の一員だった、家族ぐるみでスパイ活動をしていた、そんな憶測が飛び交うのは目に見えている。
「ネットがなんなのよ。どこの誰が書いたかもわからないデマ。それに踊らされている人。そんな人たちが『ムカつく』とか『消えろ』とか騒いでいるだけでしょ?」
夏希先輩の言葉は、相変わらず真っ直ぐだった。昔から彼女のこの姿勢に、どれだけ救われてきた事か。
「本気になって反論する人だって、見ず知らずの誰を説得しようとしているのよ。そんな事に時間を使うなんて馬鹿らしいわ。それよりも大事なのは家族の命でしょ?」
その言葉は、俺が胸の奥に押し込めていた思いを、代わりに吐き出してくれたようだった。
「大丈夫ですよ、ナッキー。妹さんには、これ以上ないくらい強い味方がいますから」
少し熱くなりすぎた夏希先輩をなだめようと、織田さんが明るい声で割って入った。右手で作ったピースサインを唇にあてて、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「彼は……零士・ベルンハルトは、やると決めた事はなにがあってもやり遂げる人です」
織田さんが絶対的な信頼を寄せる男。裏切り者と誤解され、恨まれながらも信じ続けている男。
彼女がここまで太鼓判を押すのだから、妹の事は任せておいて大丈夫だと、心のどこかで思えた。
♢
「八神さん、スマホを貸してもらえますか?」
部長と連絡を取るために、織田さんがした事はたった二つ。
一つは自身のスマホで美郷さんに動画サイトのURLを送った事。これは名作映画『ロッキー』のページだった。
二つ目は、俺に無茶振りをして三十分ほど時間を潰してから、八神のスマホでどこかに電話をかけた事。
『本当に連絡が取れるのだろうか』と内心で危惧する俺や八神を横目に、織田さんは通話相手と話し始めた。耳から少し離したスマホから、女性の声が微かに漏れ聞こえてくる。
「ちょっと待ってね。スピーカーにするから」
スマホをテーブルの上に置くと、そこから聞こえてきたのは紛れもなく美郷さんの声だった。
「本当に繋がるなんて……」
「あら、疑っていたのですか?」
「そういうわけではないのですが……」
――この時のトリックを後になって聞いてみたら、実に単純なものだった。
『ロッキー』が意味するのは、河口湖湖畔にある【-MONTAGE-】という名のバーだった。コンテナベースの簡素な作りながら、オーセンティックな雰囲気が人気の店らしい。
その店のオーナーは美郷さんの従兄で、名前を六木遼平……あだ名は『ロッキー』。
つまり、織田さんはURLに『モンタージュに行け』とのメッセージを込めていた。そして到着時間を見越して電話をかけ、美郷さんと連絡をつけた。
これなら八神のスマホと、店の電話とのやり取りだけで完結する。俺や織田さん、望月部長たちの通信機器が監視されていたとしても問題なく連絡が取れる。
〔で、あんたたち大丈夫なの?〕
間違いなく、テレビで報道された内容を受けての言葉だった。
「なんとか、ってとこですね。死にかけましたよ、さすがに」
「うん、拳銃なんて初めて見たし……」
織田さんの手が、小刻みに震えていた。
拳銃を突きつけられるなど、普通の人間には滅多にない体験だ。男の俺でさえ恐怖しか感じなかった。ましてや女性なら、なおさらだろう。
俺は自分の事で頭がいっぱいになり、織田さんが抱えているストレスやプレッシャーにまったく気づいていなかった事に、ようやく思い至った。
知らず知らずのうちに無理をさせていたのかもしれない。そんな事すら感じ取れなかったなんて、『あなたの事を守ります』なんてどの口が言えるのか。
……我ながら情けない。




