表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/89

第61話・泥舟

「それで織田さん、部長と連絡を取る方法って?」

美郷(みさと)にメッセージを入れるだけです」

「いや、だからそれを見られてしまう可能性が……」

「藤堂さん、甘いですよ」


 織田さんは人差し指を軽く振ってみせた。チッチッチッ、と口を鳴らす音が、妙にコミカルだ。指の向こうに見えるイタズラっぽく火照った笑顔を見ていると、ここにきたのは正解だったと思わせる。


「見られても大丈夫な内容を送ればいいんですよ」

「それはわかりますけど……」

「これです」


 スマホ画面には、動画サイトの検索ページ。俺が生まれるよりも前の、古い映画タイトルが見える。


「ロッキー……ですか?」

「ええ。伝説の名作です」


 ……これが、織田さんと美郷さんの間で通じる暗号なのか? 


「これを美郷に送れば、そうですね、三十分後くらいには連絡が取れると思いますわ」

「は、はあ……」


 本当にこんな事で大丈夫なのだろうか? 俺が内心で首を傾げている間にも、織田さんは上機嫌でメッセージを送信した。


「藤堂さん、暇つぶしになにか面白い話でもしてください」 

「え~……なんですかそれは」


 昼間のトーク番組のような無茶振りだ。


 もちろん俺に笑い話のストックや才能なんてない。どうやって誤魔化そうかと固まっていると、八神がすかさず助け舟を出してくれた。


「あのさ、面白そうな話ならあるけど?」


 さすが親友、イージス艦くらい心強い。『面白い』ではなく『面白そう』という曖昧な言い回しが、逆に女性陣の興味を引いたようだ。


 しかし……


「藤堂、さっき言っていた妹の十円玉ってなんだ?」

「……泥船かよ」

「なんの話だ?」

「知るか」

 

 織田さんはテーブルの上の烏龍茶を一口飲むと、『ふう』と一息を入れてグラスを額に当てた。ひんやりとした水滴が彼女の頬を伝って流れる。


 ……それ、俺に持ってきてくれたんじゃないのですか? 


 夏希先輩も八神の分を飲み始め、俺たちの前には、すでに汗をかき切ったペットボトルが佇んでいた。


 ――カランッ


 グラスの中で氷が鳴る。……とても涼しげでうらめしい。


「あの、これは小学生のころの話です。子供のやる事ですよ? 後で『酷い』とか『鬼』とか言わないで下さいね」

「わかったからちゃっちゃと話しちゃおうよ」


 夏希先輩が、『ほらほら、早く』と促してくる。俺は生ぬるいお茶を一口飲み、ゆっくりと切り出した。

 

「新品の十円玉って綺麗な色していると思いませんか?」

「うん……?」

「あ〜……まあ、そうよね」


 八神夫妻が顔を見合わせる。『なにを言いだすの?』とでも言いたげな表情だ。一方、織田さんは逆に目を輝かせて身を乗り出した。『続きは?』と、ニコッと首を傾げる。


穂乃花(ほのか)が……えっと、妹が小学一年か二年のころに、新品でピカピカの十円玉が大好きだったんですよ」


 十円玉は銅の比率が高く、青みがかった独特な輝きを持つ。金や銀のように派手にギラつかない、上品な美しさだ。


「だから俺も、新品が手に入ったら使わないでおいたんです」


 今になってみると、『ちょっと可哀想だったかな?』と思わなくもないけど、前置きした通りこれは小学生の頃の話。


 ……すでに時効だ。


「ピカピカの十円玉を、百円玉と交換してやるって言ったら……それはもう大喜びで」

「堅ちゃん、それはないわ〜」

「ひどくね?」


 八神夫妻の容赦ないツッコミが飛ぶ。


「ところでそれ……何回交換したのです?」


 織田さんが見透かしたような笑みを浮かべながら、飲みかけの烏龍茶を俺に手渡してきた。グラスに薄っすらと残る口紅の跡に、思わず指が止まる。


「……藤堂さん?」

「あ、いや、すいません。さすがに記憶にないです」


 妙な後ろめたさが先に立って、織田さんから目を逸らす。だが、彼女は俺の視線の先に顔を動かして、覗き込むように見つめてきた。


「まだあるでしょ、余罪」

「う……」

「洗いざらい吐いた方がスッキリしますよ?」


 そう言いながら、スマホのライトを点け、取調室のように俺の顏を照らしはじめた。目は真剣なのに、その口元は明らかに緩んでいる。


 ……楽しそうでなによりだ。


「えっと……母親が夕飯の買い物に行ってくる間に『風呂掃除をしておいて』って五百円で頼まれたのですが」

「まさか……」

「ピカピカの十円玉やるから風呂掃除してって言ったら……その、すごい喜んで……」

「鬼を通り越して悪魔ですわね」

「……」


 どうして俺は、こんな馬鹿正直に話してしまっているのだろう。織田さんに見つめられると、どんどん“ガワ”が剥がされていく気がする。


「でもまあ、その話のおかげで妹が本物だとわかったんだろ?」

「あ、ああ……そうだな」


 突然、『あなたの妹が中東のテロ組織に拉致されました』なんて言われても、そう簡単に信じられるはずがない。


 だから、『十円玉』というキーワードが出てきた時には、それが現実なのだと……嫌でも認めるしかなかった。

 

「——ねえ。それ、どういう事?」


 夏希先輩が、八神の言葉に鋭く反応した。俺の表情を読み取り、よからぬ事態を察したらしい。 


「本物の妹って、なに?」

「えっとですね……」


 俺は、今日あった出来事をかいつまんで話した。社内のスパイと黒服、拉致された妹の事。


 ひとしきり聞き終えた彼女は、目を細めて俺と八神を交互に見てため息をつく。


「ったく、なにやってんのよ……」

※十円玉と百円玉のエピソードは実話です。誰の、とは言いませんが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ