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ファントム・シェイド ~5000マイルの絆~  作者: 幸運な黒猫
第六章:襲撃・暗躍・唐変木(日本)

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第59話・強奪の帳簿

 零士・ベルンハルトが、あんな形で怒りを露わにしたのは意外だった。


 彼の立場になってみなければ、わからない事なのかもしれない。しかし、自身を拉致したテロリストに対して、あれほどの仲間意識があるなんて、とても信じられなかった。


 それよりも、今はもっと深刻な懸念がある。戦争のゴタゴタで詳しく聞けなかったが、テロ組織が角橋にHuVer(フーバー)を発注していたという話だ。


 にわかには信じがたい。でも、零士・ベルンハルトが直接聞いたと言うのだから、与太話では済ますわけにはいかない。


「なあ、藤堂。二つ、疑問があるんだけど?」

「ん?」

「正式な業務依頼であれば、契約書が存在するはずだろ? 納期や概要、見積もり等の書類が」


 エキスポ出展機ってだけなら、そんなものは不要だろう。しかし、相手が誰であれ『依頼を受けた』のなら、なんらかの書面があってしかるべきだ。 


「それがあれば、間に入った会社は芋づる式に浮かび上がる。もし、仮に正体を隠したペーパーカンパニーが入っていたとしたら、不正を疑う事ができるよな」


 八神の言う通り、架空の会社が絡めば監査は必ず入る。いくら角橋がでかくても、おかしな取引はすぐに明るみにでるはずだ。


「それはつまり、一切の物的証拠を残さずに、テロ組織に機体を渡す方法を考えるって事か」

「そんなのひとつしかないだろ」


 八神は、ビーフジャーキーをタバコのように咥え、薄く笑った。


「——機体が『強奪された』って事にすればいい」


 俺もそれしかないと思う。これなら契約書は要らないし、テロ組織に関わった人間が口を割らない限り、なに一つ実証できる材料は残らない。


 おまけに遠く離れたドバイでの出来事だ。日本が調査に入るころには、事件の痕跡なんてひとつもないだろう。それに、会社としては被害者スタンスでいれば、日本国内での対応も楽なものだろう。


 この考察にはいくつかの仮説も含まれるが、ここまではかなり整合性が取れている。しかし、どうしても腑に落ちない部分があった。


「だけどそれは、同時に開発費用の請求先が存在しなくなるって事にもなる。HuVerの開発って億単位の金がかかるんだろ?」

「0がひとつ足りないくらいだ。システム周りだけでそのくらいは軽く飛ぶ」

「じゃ、なおさらだ。会社としては丸々損失になるはず。そこの部分がどうしても()せないんだ」


 この状態で収益をどこから捻出するのか。これが二つ目の疑問だった。それがわからない限り、考察は成り立たない。だが、俺も八神も経営なんて完全に専門外だ。考えが行き詰まり、部屋は沈黙が支配していた。


「あ……」


 八神は思い出したかのようにスマホを操作し始める。


「そうか、検索すれば……」


 手元に文明の利器があるじゃないか! と、俺もつられて調べようとしたのだが……すぐに指が止まった。どんなキーワードを入れればいいのか、まったく思いつかない。チラリと八神を見ると、同じように画面を見つめたまま固まっていた。


「真理ちゃんに聞いてみるか……」

「彼女は人事部だぞ? 畑違いだろ」

「……」

「う~ん……」


 その時、下の店舗からワッと歓声が上がった。なにをやっているかわからないけど、俺たちとは対照的に賑やかで愉しそうだ。


「店、盛り上がってんな。そろそろ行かなくていいのか?」

「ああ、問題ない。今日はお袋たちがいないからさ、多分親父も一緒になって飲んでいるよ」

「それで大丈夫なのかよ」

「ま、親父が飲み始めたら利益なんて出ないぜ。どんぶり勘定だからな」


 ……他人事ながら心配になってくる。よく店がもっているな。


「なんか意外だよ。厳格な人って印象だったから」

外面(そとづら)がいいんだ、ウチの家系は。そんなだからいつも商工会から注意されてんだ、『損する為に店をやってんのか?』って」


 その商工会の人も呆れていそうだ。それでも、地域に根ざした老舗の店は潰したくないというのが本音……って……


「——八神、お前、今なんて言った?」

「外面がいい家系?」

「じゃなくて!」

「損するために店を……って、そうか!」 

「そうだよ、考え方が逆だったんだ」


 ――こんな単純な事、なぜ気づかなかったのか。


「会社がどうやって利益を得るかではなく、最初から損失を織り込み済みで開発したとしたら?」

「その場合、HuVerを無償提供する事になるよな。そこまでするって事は、テロ組織と思想的な部分で繋がっているか、もしくは……」

「脅迫されている、だろ?」


 ここにくるまでに起きた事。俺や織田さんに降りかかった災難。その内容を考えれば、脅迫は十分にあり得る。


「テロ組織から脅迫されてるなんて表に出たら、関係性を疑われて社会的に立場が悪くなってしまうだろ。ウチみたいな蕎麦屋とはわけが違う。その影響は計り知れないだろ……」


 そしてこの考察は、図らずもテロ組織とつながりのある人物を絞り込む要因にもなった。


「それでも、会社として脅迫から守らなければならない人物がいるとしたら?」


 中間管理職レベルは論外だ。幹部クラスであっても、テロ組織とのつながりが疑われたら即座に切り捨てられる。


 とすると……


「社長か、会長ってとこだろうな」


 世界的大企業の頂点に立つ人間が、テロ組織に脅迫されている。……それとも思想を同じくして協力しているのか。いずれにしろHuVerを提供してテロ組織に加担している事実は、社会的に決して許される事ではない。


「あとひとつ筋が通らないというか……気になる事があるんだけどさ」

「うん?」

「お前を拉致しようとした理由だよ」


 ……その話はすでに済ませたはずだ。なぜ今さら蒸し返すのだろう。


「だから、新型HuVerには生体認証システムが搭載されていて、登録されたオペレーターしか動かせないんだ」

「——そこなんだよ。なんでわざわざそんな面倒くさいシステムをつけたんだ?」

「そう言われてもな。従来のセキュリティシステムの強化版ってだけだろ」


 指紋認証が必要な車もある。ライターのチャイルドロックや、古くは箱根の寄木細工だってそのひとつだ。大なり小なり、セキュリティシステムは今どきついていない方が珍しい。


「藤堂、考えてみろよ。テロ組織に送り込む前提なら、むしろそんなシステムはない方がいいんじゃないのか? お前や零士みたいな戦争素人のオペレーターしか動かせない物を、戦場に送り込む意味ってあると思うか?」

「あ……」

「ワンオフ機だとしても、用途を考えれば汎用性は持たせるものだろ」


 その通りだ。少なくともベテラン兵士が使えるようにしておかければ、戦場では役に立たない。


「つける意味、ないよな……」

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